虐められた令嬢は、虐めたメイドと共に嫁ぐ事になりました。
夏木
第1話 プロローグ
*虐めるメイド*
貴族のお屋敷には、けして口外してはならない闇がある。
それが存在している屋敷が、少数なのか多数なのかは分からないが、私がメイドとして務めるこの屋敷にはあった。
旦那様の不義の子。その子供に対する虐待だ。
その子供は、奥様や正当なる跡取り娘であるエメラルダお嬢様のストレス発散のために生かされているのではないかと言うような有様だった。
虐待するぐらいならさっさと放逐してしまえばいいのに、と思ったりもする者もいるだろう。
だが、旦那様はしない。なぜなら、将来、伯爵家の娘として、「高く売る」ためだ。
お嬢様は半分とは言え、旦那様の血を引いている。
火の魔法の才能を持つ血を。
お嬢様にその才能がなくても、その血を受けついでいる事が重要で、たとえ、本人は魔法が使えなくても、その血に眠る魔法の力はその次の子に強く表れる事もあるのだから。
ああ、誤解が生まれないように先に説明するが、平民にも魔力はある。
その多くは放出しない、自分自身の体のみに完結する、身体強化とかに使われている事が多い。
これは、習わなくても気付けば使えるようになっていた。という形で発現するせいだ。
そして貴族は、魔法を習う機会があるから、魔法を使えるだけである。
もっともその機会を与えられるのも、男性が多いらしい。
女性はどうせ戦わないだろう、と。王族に嫁ぐ可能性のある侯爵家や公爵家のご令嬢とかはまた別らしいのだけど。
ギリ伯爵家のご令嬢も魔法を覚えれば嫁げるかもしれないね。
王族でありながら、王族を守る盾でもある。そんな存在になれれば、良いのだろう。
だから『魔力を持っているだけのお嬢様』でも、需要はあるのだという。
なので、旦那様は、やがて条件の良い家にお嬢様を売るのだろう。
そのためにお嬢様の顔や体には傷をつけるな、と奥様もエメラルダお嬢様も厳命されている。「価値が下がるから」と。
そして、それ以外だったら、何をしても良いと奥様もエメラルダお嬢様も思っているのだろう。メイドである私達にそう仰っているのだから。
ああ、流石に男を近づけたりはしない。万が一、価値が下がっては困るから。
奥様達も、もちろん私達メイドも。
将来的に、自分達が身につける宝石やドレスになるのだ、と思えば、奥様やエメラルダお嬢様も優しくできるのだろう。
そう、離れとはいえ、何もせず生きていけられるだけの面倒をみて上げているのだから。
お二方は非常に、大変お優しいのだろう。
されている側からすれば、どう思うかは分からないが。
さて、そんな闇を持つこの伯爵家にメイドとして仕えている私はどうか、というと。
ほぼ毎日、積極的に虐めている側になる。
そのためにお嬢様付きのメイドになったくらいだ。
*
*
今日もわたしは離れに向かう。
「さぁ、お嬢様? ご機嫌いかが? 今日も私がお嬢様のために、真心を込めて、料理してきましたよ? 家畜の餌だろうがなんだろうが、お嬢様には、しぃ~かりと、食べてもらいますからね」
にぃぃっと私は加虐者の笑みを浮かべた。
*虐められるお嬢様*
お母様が生きている頃は知らなかった。
わたしがお父様に嫌われている事を。
わたしがお母様に似てたら違ったのかもしれない。
でも、わたしはお母様には似ていなかった。
わたしが似ていたのはお祖母様だった。
お父様が嫌いな、お父様の母親。
お母様が生きていた頃は、わたしはお母様をこの屋敷に留まらせる鎖。
お母様が亡くなってからは、ただの道具。
この見目だから、お父様の血を引いている事は間違いなかった。
だから道具になりえた。
もし、そうじゃなかったらわたしはお母様が亡くなった後、少し遅れてお母様のところに行けたのかもしれない。
そして、その方がよっぽど幸せだったんじゃないかって思うのに、そう時間はかからなかった。
昔はわたしに優しくしてくれる人もいた。
でもわたしに優しくすると奥様が怒った。屋敷から追い出された人も居た。だから誰も助けなくなった。
追い出したメイド達の代わりに入って来たメイド達。
奥様とお嬢様はまず最初の仕事だといって、わたしに罵声を浴びさせる事を強要した。
これが出来なければ、この屋敷で働かせない、と。
新しくきたメイド達はわたしが「お嬢様」である事を知らない。
わたしはもう離れに移されて、売りに出せる成人まで生きていれば良い状態だったから、ボロボロの服を着て、お風呂も一人じゃ無理だから大分汚れてて、それこそ孤児のように見えたはずだ。
だから新しいメイド達はよく分からないまま、奥様とお嬢様が望むようにわたしを罵った。
わたしはそれをただひたすら黙って聞いていた。
早くこの時間が終わればいいって思ってた。
朝ご飯に出された何かに悪くなっていた物が入ってたのだと思う。
お腹が痛くて、痛くて、苦しくて、仕方が無かったから。
寝転がって、痛みに悶えたかった。
でも、そんな事許されない。
奥様とお嬢様が満足するまでわたしは、ただ黙って聞いて、そして謝らなくてはいけないのだ。
そんなメイド達の中に彼女は居た。
「……奥様。事情はよくわかりませんが、この者に対し、嫌がらせを行えばよろしいのですね?」
「ええ、そうよ」
「禁止事項とかはありますか?」
「顔や体に傷が残らなければ良いわ。将来的に貴族に売る娘です。価値が下がらない方法であれば何でも許しましょう」
貴族に売る娘、という言葉で、メイド達の何名かは、わたしがどのような存在か気付いた様で、少し顔色を悪くしていた。
そして、質問をした彼女は少し考えて、そしてとても楽しいそうな笑顔を見せた。
「奥様、次はわたくしの番ですが、最後に回ってもよろしいですか? 罵るだけでは芸がないので、別の嫌がらせを行いたいのです。その準備のために、少しお時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
とても楽しそうな声にわたしは心の底から恐怖を覚え、奥様はそんな彼女を見て、笑みを浮かべて、大仰な仕草で頷き、許可を出した。
彼女は一礼すると列から離れ、あちらこちらに生えている雑草をちぎり始めて、わたしは彼女が一体何をするのか分からず、恐怖と胃痛で、今すぐにでも倒れてしまいたかった。
そんな事をすれば、奥様の機嫌はさらに悪くなると思うけど。それでも良いんじゃないか、って思う位怖かった。
彼女の後の、二人のメイドもわたしを罵った。
「みんな似たり寄ったりな言葉ね」
お嬢様がつまらなさそうに口にし、メイド達は無言で、肩身を狭くしていた。
このまま何か酷い事をまたするのでは無いか、と不安になり始めた頃、彼女は戻ってきた。両手で何かをすり潰しながら。
彼女はわたしの前に立つと、にっこりと笑った。
「どうぞ」
そう言って差し出されたのは、草をすり潰して丸めたものだった。
「……え?」
「『え?』ではなく、どうぞ、食べてください」
「…………」
何を言われたのか、理解したくなくて彼女を見あげる。
「大丈夫。毒なんてありません。不味いだけです。だから、さぁ」
口元に彼女はそれを持ってきた。
「プッ!」
お嬢様が楽しそうに吹き出して、奥様が扇子を広げて口元を隠した。
ああ、楽しんでいるのだ、と理解した。
「奥様が楽しませろとお望みです。口を開けなさい」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
でもそんな事許されなくて、わたしは震えながら口を開いた。
そこに草の固まりが押し込まれて口を塞がれる。
「さぁ、きちんと飲み込むんですよ。吐き出したらダメですからね」
嫌だ嫌だ嫌だ。苦みと青臭さと土臭さと、とにかく色んな嫌なものが口いっぱい広がって、涙が出てきた。
でも口が塞がってて、吐き出せなくて、飲み込んでしまった。
それを確認すると彼女はわたしを離した。
わたしは口に残るなんとも言えないものに、それこそ犬のように舌を出して、バタバタ動いて、そんなわたしに奥様とお嬢様がとても楽しそうに笑っていただろう事は、予想がつくが、わたしはその時それどころじゃなかった。
少し落ち着いてきた頃、奥様の声が蹲っていたわたしに降ってくる。
「良いわ、貴方。気に入ったわ」
「ありがとうございます」
わたしはこの時、わたしを虐める人がまた一人増えた、と絶望を覚えた。
奥様とお嬢様が満足そうにメイド達を連れて帰っていく。
自由になったわたしはやっと水を飲むことができて、口の中を必死に洗い流したり、水を飲んだりした。
口の中が落ち着いた頃、あれほど痛かった胃の痛みが消えている事をわたしはこの時、気付かなかった。
彼女があの時、何故あのような事をしたのか。それに気付いたのはもう少し後になってからだった。
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