一回裏 ピッチャーマウンド

 甲子園。そのマウンドに憧れた。ここにいつか立ってみたいと思った。


「おい、潤。明日甲子園に行くぞ」

普段仕事、仕事で休日すらもあまり遊びにも連れて行ってくれない父親が火曜日の夜にチケットをひらひらさせて高揚した顔つきで篠田潤少年の方を見ている。


日本シリーズ第四戦 阪神タイガース対千葉ロッテマリーンズ 阪神甲子園球場


 今年のプロ野球も大詰めである日本シリーズが開幕し、千葉ロッテが2連勝し、今日から甲子園で三連戦であった。

 例に漏れず篠田も連日テレビに取り憑かれたようにがっついて応援していた。

父親からの誘いを受けた時もテレビからは、「福浦、満塁ホームラン!」とけたたましい声で実況が叫んでいるのが聞こえてきた。

 「これで三連勝だろうな。明日にゃ胴上げが観れるかもしれないぞ。一緒に観に行こう」

 まだ七回の途中だというのに父親は大きく勝ち誇ったようにニヤニヤして潤を誘ってくる。父親のこんなにも楽しそうな顔を見るのは、生まれて初めてかもしれない。そう感じさせるくらい父親にとってロッテが勝つことは嬉しいことなのだろうし、それにつられて潤も気付けば千葉ロッテファンになっていたのである。

 

 「でも学校が……」

「明日だけは特別だ、休んでいい。父さんも仕事の休みをとった」

父親にそう告げられた潤は驚いた顔をしたのちにぱあっと明るい笑みに包まれた。父親が学校を休んでいいなんて言うのは初めてだった。当然である。他の家庭でも休んでいいなんて言う親は少ない。少年ながら潤はその父親の態度にある種のお祭りを予感させるような気分になっていた。


 「小野、藤田、薮田。小林からのバトンを完璧に繋ぎ切りました!これで千葉ロッテマリーンズ、三連勝です」

 よし、とテレビの前でガッツポーズし、手を挙げて待っていた父親に向かって飛び込むようにハイタッチした。

 「観に行く!ロッテの優勝を観に行くんだ!」

父親から受け取ったチケットを胸に抱えながら、遠足なんかよりもよっぽど楽しみなイベントの前日に、例に漏れず、潤は一睡もできないほど高揚していたのであった。




 甲子園。そのマウンドには小林雅英が立っていた。

 勇ましく聳え立つ投手像に心が震えた。

 篠田潤はそのマウンドに彼より先に立つことになった。

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ミライドラフト 氷坂肇 @maeshun

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