ミライドラフト
氷坂肇
一回表 ドラフト1位指名
「フォアボール!」
審判がそう告げるのは今日だけで3回目だ。
高校時代は千葉県大会で優勝し、夏の甲子園にも出場したこともある篠田だが、入団してからはや2年、プロの世界の荒波に揉まれて中々結果が出ずにいた。
元々球威のあるストレートと多彩な変化球の切れ味を武器に戦ってきた篠田は、コントロールに難を持っていたのは確かだ。それでも高校2年時に既に150km/hに迫る速球と、スライダー、カーブ、スプリットに加えて独特な変化をするシンカーを使いこなす投手として、多くの球団のスカウトが練習試合にさえ視察しに来るほどの実力者であった。
しかし、2年秋の関東大会の3回戦で強烈なピッチャー返しを受けて腕を骨折、そのままチームも準々決勝で敗退し、甲子園出場は叶わなかった。
大半の球団が、怪我を見たことで指名を敬遠したが、地元球団の千葉ロッテマリーンズが下位指名ではあるが、手を差し伸べてくれたことで、篠田は今ユニフォームに袖を通して試合ができている。
しかし、マウンドに来年も立っていられるかは怪しくなってきた。
「また四球かよ、篠田下げろ」
「怪我の影響が大きいのわかっててロッテもよく取ったよな」
「今シーズンで戦力外だろうな」
球団公式チャンネルが配信するファームの試合のコメント欄に篠田への批判が集まることも屡々あった。
結局この日も修整しきることは無いまま交代を告げられ、4回1/3を投げて被安打6、奪三振1、四球3の自責点4で今年の最終戦のマウンドを降りた。
「お疲れ様」
バッテリーを組んでいた佐藤からの労いの言葉も皮肉に聞こえてしまうほどに憔悴していた篠田は試合後のチームミーティングを待たずして帰路についてしまった。
「あら、早いわね」
寮母のウメさんの反応速度には毎度驚かされる。バレないように入ったつもりだったのだが、と篠田はため息混じりに思う。
「そうですね、ちょっと、調子が悪くて」
「まだ試合やってるでしょ?」
「そうですね、でも……。」
とばつが悪そうな表情をウメさんに向けるとスッと察したようにこれ以上何も聞くことなく、
「これ飲んでゆっくり休みなさい」
とだけ言って、スポーツドリンクを渡して食堂の奥の方に消えていった。
篠田の部屋は3階の階段から一番遠い部屋なので特に選手がいない時間帯だと少々黴臭いのも相まって物静かな雰囲気が漂っている。
篠田は、自室に雪崩れるように入っていき、着替える間もなくテレビをつけて、貰ったドリンクを一気飲みした。
「今日ドラフトの日だっけ?」
テレビをつけた途端、「選択希望選手」の文字が現れたので篠田は、スケジュールを確認しながら不思議そうに眺めていた。
「来月のはずなんだけどなあ」とボヤきながらも他に見たい番組があるわけでも無かったのでそのまま、『謎のドラフト中継』を観ることにした。
1巡目選択が始まった。
「…………読売ジャイアンツ選択希望選手、槙原 寛己」
「え?」
篠田は、思わず素っ頓狂な声を出した。槙原寛己選手といえば完全試合を成し遂げたこともある超名投手であることは言うまでもない。
てっきり今年のドラフト会議だと思っていたのだが、どうやら過去のものだったらしい。
ただ、あまりにも画質や雰囲気が現代に近かったために全く気づかなかったのである。
「名選手の振り返りでもしているのだろうか」
と解釈した篠田は、自分が生まれる以前に活躍していたプロ野球選手に思いを馳せながら名前を知る有名選手の名が飛び出るたびに驚いていた。
「金村さんは競合か、でも確か近鉄に行ってたから……次はロッテで、残りはくじに負ける阪急と阪神だけか」
「……………ロッテオリオンズ選択希望選手、篠田 潤」
中継先の会場がざわついている。記者が誰だ?誰だ?と焦って紙面を追っている様子が映される。
ナレーションも、「申し訳ありませんが、私どもは聞いたことがない選手ですね」と言っていた。
テレビの先のざわつきとは対照的に部屋全体が凍えたように固まっていたのが篠田の自室だ。
未だに目の前の言葉が理解できない。
「俺が、過去の一位指名……?」
たまたま同姓同名の選手がいたのだろうと思い、Wikipediaを必死に漁るものの、槙原寛己と同年代のロッテのドラフト一位は井辺康二という選手のはずだった。
「どうなってんだ?」と頭が混乱する篠田に来客があった。
「篠田さん?居てる?」
ゴンゴンと扉を強めにノックする音が聞こえてきた。
篠田潤
2022年投手成績
一軍
3登板 0勝1敗 12回2/3 防御率6.43
二軍
22登板 5勝4敗4H 88回 防御率3.65
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