Scene 6(完結):笑顔のスペクトル
その場には沈黙と変な空気が流れ、傘に落ちる雨音と街の雑踏が響いている。
「あ、あははっ! や、やだなぁ、涼ちゃん! 冗談を真に受けないでよー!」
やがて夏帆が照れ笑いをしながら僕の額を人差し指で軽く衝いた。ただ、それでも場の空気は気まずいまま変わらず、それっきり僕も夏帆もどうしたらいいのか分からずに無言の時間が過ぎていく。
今、僕はどんな顔を夏帆に見せてるんだろう。夏帆は引きつったような薄笑いを浮かべてるけど。いずれにしてもお互いに相手の心情は推し量れない。
「…………」
「…………」
短いような長いような沈黙が流れる。実際にどれくらいの時間だったのかは分からない。
ただ、そんな沈黙を経て、僕は意を決して真面目に夏帆へ問いかける。
「……夏帆は今、好きなヤツっているの?」
「えとえと……難しい質問だなぁ……。答えても良いけど、涼ちゃんに誤解されるのも嫌だしなぁ」
「なんで僕が誤解するの?」
「考えすぎる性格だから。それと鈍感だから」
「酷い言われようだね、それ……」
「だってホントのことだもん」
「誤解なんかしないよ……たぶん……」
「そう? じゃ、言うけど……うん、好きな人……いるよ」
「っ! そ、そうなんだ……」
必死に平静を保ちながら、僕は絞り出したような声で相槌を打った。
実際には頭を金属バットでホームランされたような衝撃を感じていて、頭の中は真っ白。もちろん、その衝撃というのは物理的な意味じゃなくて精神的にだけど。
そして夏帆の言葉の内容には、僕は以前から無意識のうちにというか、なんとなく気付いていたような気がする。気付かない振りをしていただけのような気がする。だからそれを実際に聞かされたとしても、大してショックは受けないと思っていた。
だからこそ、意を決して夏帆に聞いたわけだけど――。
それなのになんだろう、この痛みと喪失感は? 勝手に唇と手の指先が小刻みに震える。
そんな僕を見て、夏帆は少し困ったような笑みを浮かべて問いかけてくる。
「涼ちゃんこそ、好きな女の子はいないの? 私だって言ったんだから、涼ちゃんも白状しなさいよ?」
「…………」
「……おい、山城涼。黙ってないで答えろ。黙秘権は認めないぞっ」
「……僕は……夏帆が好きだ……」
「……はい?」
「だから僕は……夏帆のことが……好きなんだ……」
次の瞬間、我に返った僕は大きく息を呑んだ。しまったと思った。ボーッとしていて、つい本音が出てしまった。
――でももう遅い。半ば無意識のような状態だったとはいえ、ハッキリと僕の想いを口に出してしまったのだから。この雰囲気では今さら冗談って言って、誤魔化したり取り消したり出来そうな感じはない。
ああ、僕はなんてバカなんだ。たった今、夏帆には好きなヤツがいるって聞いたばかりじゃないか。確実に玉砕じゃないか。当たって砕けろってよく聞くけど、当たる前から砕けてるじゃないか。
それに夏帆とこんな気まずい雰囲気で、僕はこれからどうやって高校生活を送ればいいんだ? いや、高校では顔を合わせられない。それどころか家が隣だし、こうなったらもう自室に引きこもるしかないじゃん……。
事実、目の前で夏帆は困惑したような顔でこちらを見つめている。
「……涼ちゃん、今のマジ?」
「
「ファイナルアンサー?」
「うん……。僕は夏帆が好きだ……」
「――っ! 涼ちゃん!」
不意に夏帆は僕に強く抱きついてきた。雨に濡れた夏帆の制服から僕の制服へ水が染みこんできて、ちょっと冷たい。でもそれ以上に夏帆の体温を間近に感じて熱い。
それにいい匂いもする。遠い昔にも感じたことがある、懐かしい匂い。それを今、ハッキリと思い出した。なんだか不思議と心が落ち着く。
でも心臓の鼓動は大きく高鳴って収まらないというよく分からない感覚――。
僕の顔の数センチ横に夏帆の側頭部がある。え……? 夏帆は泣いているのか? 小さくしゃくり上げているような?
「私も涼ちゃんが好きだよ……」
「っ!?」
「ずっとずっと……涼ちゃんが好き……。昔から涼ちゃんだけを見てた……」
「で、でも、今の夏帆には好きな人がいるって……」
「涼ちゃんのことだよ! 他にいるか、バカっ! やっぱり涼ちゃん、誤解したじゃん!」
「……ごめん」
あぁ、そういうことかと僕はようやく色々と理解した。
気が付くと雨は上がり、西の空には雲の切れ間から夕陽が、東の空には虹の橋が架かっている。そして夏帆の顔には満面の笑みと涙のスペクトルが輝いている。
――ちなみに僕のファーストキスは、ほのかに甘い味がした。
(了)
笑顔のスペクトル みすたぁ・ゆー @mister_u
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