見えない正解

@makkurokuroe00

第1話  【問い】

 雨音と共に目を覚ます。肌はやや汗ばみ、エアコンをつけるべきか迷う時期になってきた。「よいしょっ。」この歳になると動作の1つ1つに掛け声が伴ってしまう。情け無さは何処かに置いてきてしまった。枕元の眼鏡をかけ、沸かした水道水で珈琲を飲む。「朝はコーヒーだろ!」僕が新人の頃教育係の先輩がよく言っていた。当然無糖だと思っていたがよくよく考えてみると先輩は甘党だからブラックは飲めないのではないか。まぁ人のことは言えないけれど。

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「今日は何人入ってる?」

「水戸屋さんの担当は4人です。」

 4人、今日僕が面接をする者たちだ。この歳になると人を見る仕事が多くなる。そのお陰で人を見る目は多少養うことが出来た。その人が冷たい人か、思いやりのある人か、はたまたずる賢い人なのか。人の振る舞いはその人の深層を映し出す。どんな要素もその人の個性だからプラスにもマイナスにもなる。けれどこの正負が出ない時がある。それがこの就活の時期だ。彼らはどこかで正解でも見てきたかのように、僕たちの質問にスラスラと答える。きっとそれは彼らの努力なんだろう、けれどその努力は同色でこの古ぼけた眼鏡ではその差異を見抜く事は中々に難しい。


「宮木君、少し良いかな。」

「はい!なんでしょう。」

 明るい声が壁に反響する。やや裏返った気もするが、僕の耳ももう若くない。面接も終わりここからは面接官ではなく、1人の人間として彼に語りかける。

「いや、もう面接は終わりな。これはそれとは関係のない個人的な意見なんだけどさ。」

彼の表情が強張るのを感じた。当然だ、当時の僕も面接官の「面接は終わりです。」ほど信じられないものは無かった。実際あの言葉は半分嘘で半分本当なんだと今は思う。面接官として人の能力や実績を見る時間は終わり、1人の人間として彼らの性格や個性を見る時間が始まるのだ。

「きっと君は賢いからこの質問にはこの答え、あの質問にはあの答えって考えてると思うんだ。でもそれは君の本心か?君自身が本当に思っていることなのかい?」

「私の言葉は私の考えに基づいています。それを取り繕っていると考えたことはありませんでした。」

ずり落ちた眼鏡を掛け直しつつ考える。きっとこの質問は彼に届いていないのだろう。僕たち大人が何度も何度も、彼のような若者に質問という名の切り傷を与えてしまった。その脅威から身を守るために身に付けた正解という鎧が僕の問いを弾いてしまうのだ。


「あれ?水戸屋さんもう終わったんですか?」

「あぁ、最後の1人は急遽欠席でね。結局今日見れたのは3人だったよ。」

きっと今日僕が出会った3人は頭の中をグルグルと廻る思考をまとめながら、次の準備に取り掛かるのだろう。僕も決断をしなければならない。誰を上げて誰を落とすか。何度やっても若者の芽を摘むようなこの活動は慣れないし、慣れてはいけないものなんだろう。

さぁ珈琲よ、今日も夜まで付き合ってくれ。

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