第7話 約束の騎士様

「遅い!」


 その日、俺はかなり遅くに牢屋にやってきた。すると、鉄格子の向こうから騎士様の怒声が聞こえてきた。


「え……。あはは……。いや、すいませんね……。俺のこと、待っててくれたんですか?」


「貴様のことなど待ってなどいない! だが、かといって、この牢屋にこの私を一人で放置するなど、あまりにも侮辱が過ぎるだろう!?」


 騎士様は憤慨しながらそう言う。なんだかんだで俺が来るのを待っていてくれた……ということだろうか?


 まぁ、そういうことなら嬉しいのだが……同時に騎士様には残念な報告をしなければならなかった。


「なぜ、こんなに来るのが遅くなったのだ?」


 騎士様の質問に俺はどう答えようと思ったが……かといって、変にはぐらかすのも変だと思い、俺はありのままを答えることにする。


「呼び出されてたんですよ。上官からね」


「貴様の上官から? 何故だ?」


「あー……。まぁ、端的に言うと、俺もいよいよ出陣、ってことですかね?」


 曖昧に微笑みながらそう言うと、騎士様は驚いた顔で俺を見ていた。


「貴様……。戦場に行くのか?」


「えぇ。呼び出された時にそう言われたんでね。明日にでも戦場に向かって出発する感じですね」


 俺がそう言うと騎士様は信じられないという顔で俺を見ていた。


 それから、しばらくの間、俺と騎士様の間には沈黙が流れた。


「……そうか」


 そして、沈黙の末に騎士様が口にしたのは、それだけの言葉だった。


「あはは……。まぁ、そういうことなんで、短い付き合いでしたけど、お世話になりました。あー……。騎士様には申し訳ないんですけど、俺がいなくなったら牢屋に見張り番はいなくなるそうなんで」


「……そうか」


 騎士様は落ち込んでいるように見える。いつものように怒ることもなく、ただ、気落ちしたように下を向いている。


 戦地へ出されるのは、情報収集すらまともにできなかったというのもあるが、すでに牢屋の見張り番さえ戦場へ駆り出されるほどに、俺の国は切羽詰まってきているのだ。


 そして、その原因は、今目の前にいる騎士様が開いている大国のせいという。


「……貴様。私のことは話さなかったのか?」


 騎士様は沈んだ声のままで俺に訊ねる。


「へ? 何がです?」


「私は貴様に自分の出自を話した。私が人質として……いや。交渉材料として優秀な存在えあることがわかったはずだ。そのことは……話さなかったのか?」


 騎士様は悲しそうな目で俺を見る。俺は首を横に振る。


「俺の仕事は牢屋の見張り番です。牢屋の中にいるヤツの出自がどんなヤツだとしても、そいつの情報を上官に伝えるってのは俺の仕事のうちに入っていないので」


「貴様……。しかし……」


「まぁ、もしかすると、あまりにも戦場で活躍できなければ早く帰ってこられるかもしれないので……。その時はまた、よろしくお願いしますよ」


 自分でも言っていても、そんなことはまずありえないと思う。そもそも、生きて帰ってこられるのか……それさえもわからなかった。


「……駄目だ」


「はい? なんですか、騎士様?」


「……必ず帰って来い。貴様は私を侮辱した。私にとってはこの上ない仕打ちだった。だから、私がこの牢屋を出た暁には、今度は私が、貴様にこの上ない仕打ちをしてやる。そのために……貴様は帰ってこい」


 騎士様の綺麗な目には……うっすらと涙が浮かんでいた。その時、俺は、強大で恐ろしいとしか思っていなかった大国にも、優しい人がいるのだと理解できた。


「……わかりました。期待しないで待っていてください」


「約束だぞ! 必ず戻ってこい!」


 鉄格子の向こうから聞こえるそんな呼声を背中に受けながら、俺は部屋を出る。


 そして、俺は明日から訪れる地獄のような戦場と、これまでの騎士様とのくだらないが平和だった牢屋での日々を思い浮かべるのだった。

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