第6話 お喋りな騎士様

「……はぁ」


 その日、牢屋に向かう俺はとても憂鬱だった。


 俺の上官から命令されたのは……情報収集であった。


 対象はもちろん、囚われの騎士様である。


 なんでも、牢屋の外を通りかかったら、俺と騎士様の話し声が聞こえてきたらしい。


 そんなに仲良く話せるのなら、何か役に立ちそうな情報を聞いてこい、というのが上官の命令だった。


 牢屋の前に着くと、相変わらず騎士様は不満そうな顔で俺を見る。


「おい」


 そして、俺に話しかけてきてしまった。


「……なんですか?」


「いつになったら私はここから出られるんだ? そろそろそういう話があっても良い頃だろう?」


 俺は少し迷った。おそらく……この騎士様から情報を聞き出すのは簡単だろう。


 俺のことを少しも警戒していないわけだし。


 ……いや、なぜか俺が騎士様を辱めようとしていると勘違いはされているが。


「そういえば……騎士様はどういう生まれの方なんでしたっけ?」


「は? 唐突になんだ?」


「あ、いや……実はその……騎士様がどういう人間か聞いてこいと上官に言われたんですよ。もしかすると、捕虜交換とかそういう話が出てきているのかもしれませんね」


 騎士様が珍しく怪訝そうな顔をする。不味い……流石に会話の流れが不自然過ぎたか?


「……そういうことなら、少し話してやろう」


 ……まったくの杞憂だった。俺は安堵する。


「私は騎士だ……と言うのはお前も知っているだろうが。そもそも、私の家系は代々騎士だった」


「へぇ……というと、それなりに高貴な家柄、ということですか?」


「まぁ、そう言って差し支えないな。いわゆる貴族だ。騎士として戦場に出るまでは徹底的に貴族としての振る舞いを叩き込まれた。我が国のトップとも何度も会っているからな」


 得意げにそう言う騎士様。どうしてそこまでペラペラ喋ってしまったのか……。


 そう言うと騎士様は悲しそうに視線を落とす。


「だというのに……今はこんなボロ布を着させられていると思うと、悲しくなってくるな……」


「あ……。と、とにかく! 騎士様は高貴の家のお嬢様、ということなんですね?」


 俺がなんとかフォローする感じでそう言うと、騎士様は小さく頷く。


「お嬢様という言葉、私は嫌いだが……まぁ、その通りだな」


 しばらく沈黙が流れる。いや、もう十分に情報は聞き取れた。


 騎士様は高位の貴族だった。つまり、騎士様を捕虜にしているということを大国側に伝えれば、大国は迂闊に我が国に攻め入ってくることもできないはずだ。


 いや、もしくは、騎士様を殺すとでも言って脅せば、大国は我が国への侵攻をやめるかもしれない。


 しかし……もし仮に、騎士様が高位の貴族であることを伝えれば、辱めどころの仕打ちではないだろう。


 大国側の重要な情報を喋るまで激しい拷問をする可能性だって……追い詰められている今の俺の国ではありえる。


「おい。どうした? もう聞かないのか?」


 騎士様にそう言われて、俺は我に返る。


「え? あ、あぁ……いえ。もう大丈夫ですよ。聞きたいことは聞いたので」


「……そうか。ならば良いが」


「じゃあ、俺は今聞いた情報を上官に伝えてきますね」


 そう言って俺は牢屋を後にしようとする。


「おい」


 と、去り際に牢屋から、騎士様が声をかけてくる。


「……はい?」


「貴様……本当に、今の情報だけで良かったのか?」


 騎士様が不安そうな顔でそういうが、俺は苦笑いする。


「えぇ。上官には大した情報は得られませんでした、って伝えておますよ」


「なっ……! 貴様がくだらない質問しかしないからだろうが! まったく、私を侮辱して……!」


 騎士様は不機嫌になって俺に背を向けてしまった。


 これでいい。俺は何も有益な情報を聞かなかった。


「……だけど、なんか嫌な予感がするなぁ」


 そう思いながら、俺は上官への報告に向かったのだった。

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