第13話 エピローグ。

「脳震盪で入院ってちょっと恥ずかしいですね……。」


頭を打っていると言うことで、検査入院となった僕。

病室にはうすら笑みを浮かべている主任が、一枚の封筒を持っていた。


「……お前なぁ……。」


何か言いたげに、持っている封筒をペラペラと僕の目の前に振っている。


「……すいません。」


本当にすいません、だ。

だって辞表なんですもの。


『移動願い』にするかも考えたんだけど、なんか自分が目指していた憧れの仕事の実態を知ってしまった以上、なんというか、ね。

もう無理だと悟ったのだった。


「好きな人の幸せを見守るとか、綺麗事言えない醜い自分がいまして……。」


アサヒくんの靴がクリーンヒットして、意識を失っている夢の中で吹っ切ったというか。


もしマナカさんとアサヒくんが目の前でイチャイチャしてたりするのを見なきゃ行けないとしたら。

そのまま清水の舞台でも、2時間ドラマで有名な崖からでも、紐なしバンジーできそうなだって思っちゃったんですよね。


「自分の精神状態の方が大事なんです。」


無言でずっと『辞表』を振っている主任にあれこれ言い訳のように呟く。


「可愛がってもらったのに、ほんとすいません。

でも最後に主任が言った言葉がめちゃくちゃ響いてしまってですね……」


『耐えられなきゃ俺たちはこの仕事を止めることが出来る。』


実際これが一番、堪えた。

心にズシンと響いてしまったのだ。


まるで開いてた穴がその言葉で埋まったぐらいにストンとした。


「……そんな彼女が好きなのかよ。」


やっと喋った主任が口を尖らせてそう言った。


「……ですね、ここから抱き締めて連れ去りたいぐらいには、大好きです。」


「……闇深すぎな大好きだな……。」


タハハと笑う僕に、主任も苦笑いをした。


「……晴れ晴れした顔しやがって。」


主任はそう言うと、僕の書いた辞表で僕の頭を叩くふりをする。


「いや脳震盪で検査入院中!!」


大袈裟に頭を庇うと、主任もすっきりとした顔で笑った。


「んじゃ、これが受理されるように上司は帰ります。

とりあえず退職金に労災、危険手当全部乗せで計算してもらうように手配してあげる。」


「おお、やった!」


「……てか次の仕事、決まってないなら、この優しい上司が紹介してあげるよ。」


「あー、それはちょっとゆっくり考えます。」


「なんでよ?」


「田舎に帰るかも悩んでいるので……」


未練を残さず全てスッキリ忘れるには、ここを離れるしかないと考えているのも事実で、退職金上乗せで出るなら海外にでも行ってもいいなとか夢が広がる。


退職金、幾らぐらい出るのかなーとか思いながら労災の手続きの書類を眺めていると、主任がため息交じりで辞表で僕の頬をビンタしていった。


「……寂しいことばっか言いやがって。

まだわけーんだからさ、明るい未来が待ってることを祈っとけよ。」


痛くはなかったが、思わず打たれた頬を手で抑えると、主任が口を尖らせながら部屋から出ていった。


扉が閉まり、シーンとする病室。

僕は鼻から大きく息を吸うと、そのままベッドに倒れ込んだ。


ボフッと硬いマットレスが息を吐く。


「……明るい未来が待っている、か。」


主任の言葉を反芻しながら、僕はそのまま目を閉じた。



◇◇◇



「……どう思う?アイツ」


病室の扉を締めた後、藤木は『誰か』に向かってつぶやく。


全ての話を聞いていたマナカは扉の側でうずくまっていた。


「あいつの言葉聞こえてたんでしょ?」


藤木の言葉にマナカは何度も頷いた。


泣き崩れているマナカに、藤木が囁く。

とびきりいい顔で微笑みながら。


『ここで一つ提案があるんですが。』



+++


藤木は長いこと書類を見たままだった。

随分と前に自分が提出した書類の結果をずっと眺めていた。


結果はすぐに出たのだが、こうやって書面で帰ってくるまでは随分と長かった気がする。


大きく息を吐くと、その書類をコピーしてきれいに三つ折りにする。

それを『特別市民課』の文字が印刷された封筒に丁寧にしまっていく。


二つ入れた書類の一つは、短いながらも自分が書いたメッセージ付きだ。

そして徐にコピー元の書類を両手でじっくりと眺める。


『ーー白狼 愛花に関して。

検査の結果、出産適齢期を達してしまったため、子供は望めない。』


その文字を見ながら藤木は鼻で笑う。


「絶滅をやいのやいのと気にしている割に、あっさりよ。」


ピンっと藤木は指で弾くように書類にツッコミを入れると、それを『承認済み』と書かれたボックスに大袈裟に投げ入れる。


「てか、もう今更こんなのが来たところで、当の本人はここにはいないのになぁ。」


そして大きく息を吸い込むと、気合を入れたように息を吐き、封筒に住所を書き始めた。


+++


「史郎さん、お弁当忘れてる!」


「ええ?うそ、ほんとだ。

ありがとう、マナカさん。」


玄関を出て車に乗り込もうとしていたヒナタに差し出されるお弁当。

弁当につられ、デレデレ顔の彼にマナカが背中を叩く。


「しっかりしてくださいよ?」


少し怒ったふりをするマナカに、ビシッと敬礼。


「はい、しっかりします!」


とか言いつつ、顔はデレデレ顔のままのヒナタ。

そんなヒナタにマナカが微笑みを返した。


「しょうがない人ですねぇ、もう!

さぁ遅刻しないように、いってらっしゃい!」


日向はハイッと元気よく返事をして、何度も手を振りながら車に乗り込んだ。


それを見えなくなるまで見送ったあと、マナカは腕まくりしながら家へに入っていく。


マナカはヒナタと地方の保護区で2人で暮らしていた。

保護区とはいえ、普通に住宅街の一角。

街の様子も一般的な風景となんら変わりない。


あれから藤木に民間の保護施設を紹介してもらい、そこに2人で家を借りた。

マナカの職業を考慮して、自分でリフォームしていいと言う物件まで探してもらって。


日向はあれから市役所を退職し、地方の民間施設の職員に就職した。

認可されてないだけで、いろんな財団や施設がたくさんある事にとても驚いた。

しかも調べれば市役所の管轄の保護区よりいい環境が沢山あったのだった。

辞めるまでに色々大変だったが、守秘義務の書類にサインするだけで、退職金が少し増えるマジックに裏の裏側までを感じてしまう。


『……あれはあれで、辞めてよかったのだ』


今のヒナタは心の底からそう思っている。

だからと言って入社したことは後悔していない。


入社しなければ、愛しい我妻に出会えなかったからだ。


藤木の幅広い顔のお陰で仕事もすぐ見つかり、今は獣人の保育園で毎日小さな子供たちに揉みくちゃにされながら楽しく仕事をしているようだ。


相変わらず人ったらしなヒナタなので、マナカがヤキモチを焼いてしまうほど、子供たちに人気らしい。


2人が住んでいる家の表札には日向という苗字の下に、愛花と史郎と書かれている。

家は小さめだが、マナカの仕事のことを考え、室内に防音室を完備した。


流石に前のような環境ではないので、近所迷惑にならないように。

それでいてマナカが自由に鍵盤に触れるように。


人間と獣人の結婚は一般的の法で認められていないので、2人は事実婚という状態。

形にとらわれない婚姻だが、そんなこと気にならないぐらい幸せだった。


昨年小さな結婚式もした。

史郎の両親も地元も友達も、かなり驚きはしたが最終的にマナカの人柄もあってか手放しで祝福してくれたのだった。


そして実のところ、『事実婚』は自分達だけではなかった。

自分が知らなかっただけで、獣人と番う人間は他にもいたのだった。


今住んでいる保護区はそんな事実婚の夫婦がたくさんおり、環境にも恵まれている。


『今日も一日、大切にがんばろう。』


誰に感謝しているわけではないが、毎日ヒナタはそう思いながら生きていた。




仕事を終え、家に帰ってひと段落しているヒナタに、封の開いた手紙を差し出される。

宛名の文字で差出人が誰だかわかった。


封筒から手紙を出すと、一枚の書類のコピーだった。


ふと、ヒナタが口を滑らせる。


「日本のオオカミは全滅したってことか……」


と呟いて、ハッと目を見開いたまま、慌てて口を押さえてマナカを見る。


マナカはキョトンとしていたが、すぐにクスクスと笑い始める。


『そういえば、初めて会った時もそんなこと言ってたわね』と。


滑らせたお口にシュンとなるヒナタ。

そんなヒナタを見つめ、マナカが真面目な顔でいった。


「そもそも獣人っていう種族が純血種ではないわよね。

だって『人』と『獣』のハーフで獣人、な訳だし。」


マナカの言葉に目から鱗が落ちたような顔で『確かに!!!』

と呟くヒナタ。


虫の声が響く縁側で、2人は見つめ合う。

縁側においていた2人の手が重なると、迷わずヒナタはマナカの手を握りしめた。

それをマナカは照れたように微笑んだ。


「……そういえば、史郎さん。」


マナカはヒナタの手をそっと持ち上げて自分のお腹の上に置いた。

理解ができずに首を傾げるヒナタに、マナカは微笑みながら耳打ちをする。


マナカの言葉にだんだんと目が見開かれ、大きくバンザイをするヒナタ。


「やっ……え?本当に?」


「今3ヶ月だって。」


「やったーーーー!!!」


大きく手を上げたままヒナタの目からたくさんの涙が溢れた。


「なんで泣くのー!」


そう言いつつ、マナカももらい泣き。

ヒナタがマナカを膝に抱え込むように抱きしめた。


「マナカさんのピアノ、いっぱい聞かせようね!」


ヒナタは泣きながら微笑んで、マナカのお腹に話しかける。


「もしもーし、僕がお父さんですよー!」


「史郎さんてば、気が早いんだから。」


「僕毎日話しかけます!我が子にお父さんって覚えてもらうために!」


「もう、だから気が早いってば!」


クスクスと笑うマナカにヒナタは泣きながら微笑んだ。

そしてまた大きく手を広げると、マナカをぎゅっと腕の中に仕舞い込んだ。


『ああ、明日も1日を大切に、頑張ろう。』 

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ジェットコースター・デスティニー 雨宮 未來 @micul-miracle

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