第2話 episode sora
教室の窓際の席、風が吹くとカーテンが顔に当たる。
日差しを浴びたいからカーテンを全開にすると、机の上に置いてあったみんなのプリントが花びらのように舞い一斉に文句を言われた。
「
「もう! 何やってるのよ!」
俺が何かするたびにみんなは怒るけど、その割には許してくれるから楽しくなっていたずらをしてしまう。隣に座っている女がいつも見てくるけど、俺は知ってる。左目の下にあるほくろから毛が一本だけ生えている事を。授業中何度もそれを思い出して笑ってしまう。それを見られてしまい取り繕った笑顔を返すと女は恥ずかしそうに顔を下に向ける。その時ほくろが全開で見えるから勘弁して欲しかった。
山井田羽美、あだ名は表向きには羽美だったり羽美さんだったり色々。俺たちの間ではほくろだったり、毛の神、
初めて会った時、あまりにも暇だったから自己紹介したら「ややややや山井だだだだだ田ううう羽美ででです」と返された。
高校の入学式の時、名前もまだ知らない子が挙動不審な動きをしていた。そんなやばそうな奴が同じクラスでしかも自分の隣って……どんな運命だよって話し。恋愛系のドラマならもっと素敵な出会いをするんだろうけど。リアルは残酷だな。
興味本位で自己紹介の後の反応でドン引きした俺は、続かない会話を切り上げたくて適当な事を言ったら目を輝かせて見てきたから困った。
そういえばこいつどこかで見た事があるような気がするんだけど、どこだっけ? こんなやばそうな奴忘れるはずないんだけどな。ずっと期待しているような顔でこっちを見てくるけど……ごめんモブに興味はないんだよね。
休み時間になると俺の周りに人が沢山集まってくるから、隣の席の毛神がちょっと邪魔なんだよな。こいつが席を外した瞬間に誰かに座らせて戻れないようにするのがうける。昼になると毛神はいつも中庭のベンチにボッチでランチしてた。購買店でパンを買ったあとに見かけ、馬鹿にするように「ま〜たベンチでランチ?」と聞こえるようにバカしながら友達と歩く。
「こ、これ……」
毛神が丁寧に話しかけてくる時は決まって課題を忘れている時。俺の心の叫びがわかるのか課題ノートを書き写させてくれる。いつもは毛神などと蔑んでいるけど、俺は感謝を忘れない男だ。振り向き最高の笑顔を差し出してやってる。お前みたいモブはこういう笑顔を見るのが好きなんだらろ? ほら下を向いた! マジうけるんだけど。
ノートを写し終わった後お礼を言うのは人として当然だ。ただ、こいつ字が汚いし文面が変だから写すの大変なんだよね。まじめに授業を聞いてても頭が良いとか字がきれいとかないんだなって思った。
体育の授業は大好きだ。マラソンとか筋力測定じゃなければ毎日体育でも良いくらいだ。運動神経が特別良いわけじゃないけど、スポーツマンガの主人公のような華麗な技をまねするだけでも楽しい。
今日はバスケの日だったから、タイムリーに昨日の夜に読んだマンガの技を披露する時が来た。
「天~がんばれ~♡」
「あはははっ! 天何やってるのよ~」
女子達の黄色い声援が俺のバイブスを上げていく。
一通り遊ぶと飽きるのが男子という生き物で、途中からドッジボールに変わり無差別に当て合いが始まってしまう。
「あぶないっ!」
俺の投げたボールが体育館の隅でぼーっとしている毛神の頭にクリティカルヒットしてしまった。
気持ち悪い顔で気絶してたから関わりたくなくて躊躇していたら、女子柔道部のでかい奴が肩にかついで連れて行った。その姿を面白すぎて爆笑していたら、途中からお姫様抱っこに変わってた。それも面白かったけどな。
当てたのは俺だけど、体育の時にぼーっとしてる奴が悪くね? だから特に謝罪はしなかった。
体育祭ってその場の雰囲気で一体感になれるから、いつもモブ扱いしている奴とも自然に話しができる。俺は目立つのが好きだから、椅子に立ち上がってみんなを応援する。
「は、はいーー!!」
一人だけ座って応援しない毛神に立てと命令し、腕を掴んで横に立たせた。こいつ本当に空気が読めなくてイライラする。
あの時、二の腕をずっと触ってさすってて、そんなに強く掴んだつもり無かったけど痛かったのなら謝る。そういえば二の腕っておっぱいの柔らかさって聞いたことがあるけど、こいつ残念な感じだな。
「がんばれー! がんばれー!!」
声が小さかったから発破をかけたら、大声で応援し始めた。最初から出せよとイライラしたけど、これまでまともに声を聞いた事なかったのもあって、こいつのアニメ声がちょっとしたブームになったのはまた別の話。
「よっしゃ!!」
「ねえ! ねえ! 一番だよ!」
クラスが一番をとった時にはテンションが爆アゲになる。そんな時はハグやハイタッチをするっしょ!って事で毛神ともちゃんとハイタッチをしてやったよ。
ハイタッチをした毛神はその手をジッと見てたから痛かったのかと思ったが、テンションアゲアゲでやったことだから許してくれるよな?
夏休み前、クラスのみんなで夏休みのどこかで海に行こう! そんな提案をしたらみんなノリノリで参加してくれた。俺の目的はクラス一の爆乳っ子である美里の水着姿だから美里が参加してくれて嬉しくて男全員でハイタッチをした。
びっくりしたのが、女子柔道部のでかい奴が毛神をお供に参戦してきた事だ。あきらかにクラスの一軍が集まる中、五軍の二人が参加してくるとは思わなかったけどそれはそれでネタになるから良いかと思った。
でかい奴の視線が俺の親友である聡に行ってたから心の中でお祈りをした。
この日の為に腹筋を鍛えたから注目される自信があった。女にモテる為にちゃんと努力をする。それが出来ない奴は彼女が出来ないと歎く権利がない! 顔はモデル並と言われるからなんの心配もしてないけど、スキンケアや毛抜きなどの自分磨きに余念はない。これでモテない奴はいないと思いたい。
海に行くのは8月の初旬、それまでにアル程度は焼かないと!と張り切っては見たものの、元が色白だから赤くなって終わってしまう。女は色黒で筋肉質の男の方がすきだよな? どうしよう……。
男子の間で美里の水着がどんなのが良いかという討論が始まる。秘密の会議だ。可愛い水着もいいけど、圧倒的背徳感が最強と言うことで満場一致でスクール水着が堂々の一位となった。誰かお願いしてくきてくれないかな。
こういう時に、そういう願望を言っても許されるようなキャラクターの奴がいたら最高なのにって思う。もしそんな勇者が居たら是非にでも言いたい。「我が主! 一生ついて行きますぞ」と。
因みに、俺にそんな勇気はない。美里と海に行けるならどんな水着でも最強だからな。
その年の夏は台風が多くて結局中止になったという体で。五軍二人を除いたみんなでプールに行った。男たちはテンションマックスで最高の夏休みの想い出になった。五軍の二人ごめんな。
夏と言えば夏祭りだ。水着は見た! 次は浴衣だとばかりに浴衣で参加する計画がされるのは必然だった。浴衣姿の美里はエロ……色気が最高だった。とても嬉しかったけど、神様はなんて試練を与えるんだ!ってこの時思った。
でかい奴に誘われた浴衣姿の毛神がうろうろしており、偶然なのか五軍二人と遭遇してしまった。一緒にいた女子達は一瞬テンションの下がった顔をしていたけど、そうなるよね。
浴衣姿の毛神はメリハリもなく幽霊かと思うくらいキモ……霊気があった。
遭遇してしまって無視するもの気が引けるから話しかけたけど、俺たちは気まずさMAXで逃げ出したい気分だった。話しかけても相づちしかうたない毛神の視線はなぜか俺の胸元だった。
あきらかに誘って欲しそうな雰囲気のでかい奴の圧が強いから、社交辞令で一緒にまわるか確認したら、後から小さく「え?」とか「まじで?」という声が聞こえた気がしたけど、「そうだよ~(断れよ?)」、「来るなら言ってよ~(何来てんだよ)」という女子達からの社交辞令も伝わらず、でかい奴が「じゃあ」と言いながらもじもじしながら着いてきたから聡になすりつけた。
誰が言い出したわけでもなく、ごく自然に二人を巻くように行動をするのにでかい奴がなかなかしぶとく着いてくる。
「羽美ちゃんを探そう」
あ~そういや毛神ってそういう名前だったなと思い出す。探す気はさらさらなかったけど、とりあえずじゃんけんで負けた奴が行くというルールを作り俺が行くことになってしまった。
探す振りして見つからなかったと言って戻ろうと思っていたのに何故かすぐに見つかる。その後、何度巻いてもでかい奴がしぶとい。そして俺はじゃんけんが弱く何度も探しに行かされた。
最後の花火くらいは美里と見たかったから、二人でこっそり抜け出して手を繋ぎながら見た花火は良い思い出だ。
夏休みの間、俺が行くところ行くところに毛神の姿を見かける。花火大会を機に付き合いだした美里との楽しいデートなのにあいつの姿を見つけるたびに逃げるハメになった。
夏休みが終わり、学校が始まるとクラスのみんなに美里との関係を聞かれ、大人になった事を報告した。毛神からの視線がめちゃくちゃ怖くて、夏休みにあった出来事を話すとみんな怖がっていた。怖いのは俺の方だよ?
「お化け役は羽美ちゃんが良いとおもいまーす」
ある種のいじめが始まった。いじめは良くないと思うけど、美里は毛神の事が嫌いだった。デートの雰囲気を邪魔された事が大きいと思う。
文化祭はお化け屋敷をする事になって、女子達はこぞって毛神を推薦した。見た目の白さとがりがり具合がリアル幽霊の毛神だったので評判は上々だった。実行委員としては嬉しかった。お化け屋敷が繁盛していて忙しいけど、俺はバンドを組んでギターを担当した。美里は最前列で熱い視線を送ってくれてたけど、動画を取り忘れたと泣いていた。今度二人きりの時に弾いてあげる約束をしたら元気になった。俺の彼女可愛くない?
クリスマスはバイトを入れちゃって遅くなってしまった。美里怒ってるかなと思いながら急いで会いに行こうとしたら毛神が駆け寄ってきて温かいコーヒーを渡してきた。意味が分からず背筋が凍った。刺激してはいけないと震える声でお礼をして駅へ向かうとその後を毛神が着いてくる。イルミネーションで彩られた街が灰色にみえ無言で歩いた。恐怖で足が震え、どのくらい時間が経ったのかも覚えて無いくらい無心であるいた。目を合わさずに挨拶を交わし、振り返らずに足早に逃げた。見てはいけないと思ったけど目の端にずっと手を振っている毛神が見えたので後悔した。
それからすぐにバイトを辞めたけど、バイトが一緒だった奴から「毎日来てるけどあれなに?」と連絡が来たから恐怖で手が震えた。
冬休みも終わり学校が始まると俺の話を聞いたクラスメイトによるいじめが加速していた。内容は上靴を捨てたり隠したりという陰湿ないじめだったけど、俺のあのストーカーが学校を辞めてくれたらと思い始めていたので黙ってみてた。
二年生になって嬉しい出来事が起きた。うちの学校は一年時からクラス替えがない学校だったが俺の訴えを重く見た学校側が妥協案として今年に限り方針を変えてクラス替えをしてくれた。俺はA組で毛神はF組。先生には感謝している。毛神は薄い本をよく眺めているらしくBLに目覚めたらしいと噂に聞いたけどそんな事どうでも良かった。
美里によるいじめはさらに過激になり。物を捨てたり隠したりに加え、階段から突き落としたり、足を引っ掛けて転ばせたりとあからさまになっていった。ここまでする事か?と思われそうだけど、ストーキング被害の事を知る友達は俺のためにやってくれていたら。こんな俺のためにありがとう。
美里と付き合っている事が毛神にバレたらしい。あからさまな敵意を美里にむけ立ち向かってきたらしい。俺と毛神の中では相思相愛らしく、美里は突然現れた恋のライバル扱いだそうだ。俺は何度も毛神とは関わらないと忠告したのに「あんな奴にライバルと思われた事がむかつく」と言って聞く耳を持ってくれなかった。このままでは埒が開かないとちゃんと話し合うべく膝を突き合わせたそうなんだけど、言ってる事が理解不能だと嘆いていたある日、美里が事故に遭った。事故のショックで記憶を失った美里は療養のために転校して行った。
SNSで美里の事で悲しい報告をしていると、毛神であろうアカウントからフォローリクエストが届いた。なぜバレたのかはわからず手が震えた。何度もブロックし色々な伝手を総動員して凍結させたのに、その度に新しいアカウントを作りフォローリクエストをしてくるのでアカウントそのものを削除した。もう勘弁してくれよ!
いつも遠くからあいつが見てくる。目の端にちらちら写り、恐怖で目を逸らす。可愛い子にストーキングされるなら受け入れられるけど、あいつは無理だ。恐怖でしかないし狂ってる。美里の事故もあいつが……と疑ってしまう。
毎日監視をされている気がして、食欲もなくなり夜も眠れなくなってきた。登校中に出会いたくないから遅刻ぎりぎりに学校に行くようになった。靴箱を開けると携帯食がダースで入ってる。犯人はあいつしかいない。これは証拠品として先生に提出し、記録を取っている。自分のせいでこんなことになっているとなぜわからないんだ……。
三年生になる時、事前にしめし合わせた通りクラス替えがなかった。あいつが抗議に来たらしいけど、覆る事はない。その場で泣き崩れて大変だったらしいけど、知ったことではない。最低限の抵抗だけど最後の年はできれば穏やかに過ごしたい。神様お願いします……
色々な事があったけど無事に卒業の日を迎えた。高校三年間、あいつ存在が俺の全を苦しめて死にたい時期もあったけど、優しい仲間達に囲まれて充実した日も過ごせた。悲しい想い出もあるけど。
卒業式の日、聡が提案してきた。
「あのストーカー女に天罰を与えよう」
卒業式の後に呼び出して遠くから動画を撮って笑う。最低な提案だったけどそれくらい許してほしい。
自分で書きたくなかったから聡が代わりに書いてくれた。
”卒業式が終わったら、裏庭の桜の木の下で待ってて下さい。”
たったそれだけの文章だったけど、俺からの小さな復讐だ。
卒業式が終わり、あいつはすごい勢いで裏庭へ走って行った。俺達は裏庭が見えるところで動画を撮る。ずっとニコニコしながら俺を待つ姿が気持ち悪くて十五分程度で逃げるように帰った。
次の日のネットニュースに女子高生が卒業式の後に事故に合い死亡したと載っていた。
罪悪感と安堵感が入り混じる複雑な気持ちだったけど、これで終わったんだと思うと涙が出てきた。
もう終わったと思ったんだ……
でも夜寝ると聞こえるんだ……
「天、起きて? 起きないとだめだよ? 聞こえてる? ねえ?」
金縛りに合い、動けない身体に冷たい手が伸びてくる。そのまま両手で顔を包まれ怖くて目を開ける事が出来ない。
「天? 私はずっと傍にいるよ」
耳元でそう囁かれる。
もう終わりにしてくれ……
ソラカケルウミ む~ん @moonsan0915
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます