ソラカケルウミ

む~ん

第1話 episode umi

 教室の窓際の席、風が吹くとカーテンが顔に当たる。

 日差しが眩しいからと閉めていたカーテンを全開にすると、机の上に置いてあったみんなのプリントが花びらのように舞い一斉に文句を言われるのを眺める。


そら! 何開けてんだよ!」


「ごめん、ごめん!」


 天はみんなに怒られても楽しそうに笑うよね。私知ってるんだ、時間を置いて思い出し笑いしているって。その時の笑顔、私は好きだったな。


 緑川天、あだ名はそらだったりてんさんだったり色々。私には「俺、緑川天みどりかわそらって言うんだ! てんと書いてそら! 変な名前でしょ? 君の名前は?」


 高校の入学式の時、名前もまだ知らなかった天を眼球をフル活動して探してた。合格発表での出会いの後、再会する入学式までずっと妄想してたんだよ? 勝手に運命を感じて夢見る少女の気分は、まるで少女漫画の主人公にでもなったかのように感じていたんだよね。


「へえ〜羽美うみって言うんだ? なんかお互い惜しいね! 空と海だったら空海だよ!」


 ちょっと意味がわからなかったけど、同じクラスで隣の席で再会するなんて!と有頂天になっていた当時の私には内容はどうでも良かった。


 ホームルームが始まるまで、色々な話しをしたけれど、私が一番欲しかった言葉が出なかったのは悲しかった。私の妄想の中の天は「合格発表の時、まさか一緒のクラスになれるとは思わなかったよ」とクールな笑顔で優しく頭を撫でてくれたんだけどなあ……。現実はそんなに甘くなかったと妄想シチュエーションはその日の夜には大幅に改変したよ。


 休み時間になると天の周りに人が沢山集まってくるから、隣の席の私は巻き込まれるような形で輪の中には入ってたけれど、席を外して戻ってくると私の席はそこにはなかったからお昼はいつも中庭のベンチだった。だってね! そこにいると購買店でパンを買った天が必ず通るんだ。その時いつも「ま〜たベンチでランチ?」と話しかけてくれるから。

 妄想の中の天なら、その後に窓から飛び出して私の横に座り「美味しそうだね? ひとつちょうだい?」と私の好きな唐揚げを勝ってに食べちゃうんだよ?ひどいよね。


「羽美さん、ちょっとお時間よろしいですか?」


 天が丁寧に話しかけてくる時は決まって課題を忘れている時。そんな時私は「また課題してきてないの!? しょうがないなあ!」と言いながら天に見られるのを前提に綺麗な文字で書いた課題ノートを渡すの。もちろんそれは妄想の中の天であって現実は違う。

 課題ノートを目の前に睨めっこをしている天にそっと自分のノートを差し出すと、その瞬間に振り向き最高の笑顔を向けてくれる。その笑顔を見るのが好きなのに恥ずかしくてすぐに下を向いてしまう自分が嫌いだった。ずっと見ていたいのに……。


 ノートを写し終わった天は私に「ありがとう!」と言ってノートを返してくれる。天は気づいてないだろうけど、実はそのノートの内容は全く同じにならないように言葉遣いや配置を変えているの。自分の提出するノートはまた別にあるんだよ。


 少女漫画の主人公が好きになる男の子はスポーツ万能が定番だよね。体育の時間に隣のコートで男子達がバスケットボールをしていたけど、天の姿がなかった。どうせまた倉庫でお昼寝してるんでしょ!と顔を出してみると、案の定大きなマットの上でお昼寝。


「天っ! 何してるのよ!」


「なんだ、羽美か…びっくりさせるなよぉ〜」


 私は両手を腰に手を当てながら怒ると、天はいつも「そうカリカリするなよ〜」って言ってくる。


 ガラガラ


「やっべ!」


「キャッ!」


「しー! 黙って!」


 誰かが倉庫の中に入ってきたから咄嗟に腕を引っ張られ、天はドアの方を凝視する。


(ちょっ! 近いよぉ〜)


 天の心臓の音が近くて、ふいに気付く。自分の心臓の音も聞こえるんじゃないかと心配になる。だってドキドキしてるなんて知られたら恥ずかしくて顔も見れないよ。

 赤くなった顔を両手で隠しながら指の間から天の顔を凝視してたらもっと恥ずかしくなって、顔を横に背けたんだよ。そしたら今まで意識しなかったけど男の子の腕ってこんなに逞しいんだってあの時は思ったよ。


「あっぶねぇ…危うくばれ……ご、ごめん!」


 天は自分がどんな体勢になっているか気付いて顔を赤くして謝ってくれたよね。でもね、私は嬉しかったんだ。


 なんてぼーっと妄想してたら頭に衝撃が走って、目を開けると保健室で寝てた。

 後で聞いたら男子がふざけて投げ合っていたバスケットのボールが妄想中の私に見事にヒットしたらしく、そのまま運ばれたんだって。

 でもね?私を運んでくれたのは誰?って思って、もしかしたら天が?なんて期待しちゃったけど、運んでくれたのは女子柔道部の佳子ちゃんがお姫様抱っこで保健室まで連れて行ってくれたみたい。もちろん後でお礼は言ったけど、ぶつけた男子からの謝罪はなかったのはなんでだろう?


 体育祭ってその場の雰囲気で一体感に紛れるのが可能になるから、いつもより自然に話しができたよね。天は盛り上げ役だから、椅子に立ち上がってみんなを応援してたね。


「ほらっ! 立って!」


 と腕を掴まれ天の横に立たされた。

 あの時、二の腕を掴まれたのだけれどぷよぷよしてるのバレちゃったんじゃないかって思って恥ずかしかったんだよ? だからあの後、一生懸命ダイエットを頑張ったのはまた別の話。


「声が小さい! もっと出さないと聞こえないよ!」


 って発破をかけられて、これまで生きてきて一番の大声で応援したら神様がご褒美をくれたよ。


「やったー!! やった!!」


 我がクラスが一番をとった時に天は大はしゃぎをして、私は人生で初めてのハイタッチを天としたの。この手はしばらく洗えない!と心の中でガッツポーズをしたのだけれど、学校帰りにスーパーで強制的に手の消毒をされちゃったから牛乳を切らした母とは二週間口を聞かなかった。


 夏休み前、クラスのみんなで夏休みのどこかで海に行こう!と天が言ったからダイエットをして良かったと思った。

 誘われないんじゃないかって不安になったけど、女子柔道部の佳子ちゃんが「羽美ちゃんも行くよね?」って言ってくれたから参加できたんだよ。でも佳子ちゃん部活は……って思ったけど、あの日以来仲良くなってわかった事があったんだよ?佳子ちゃんも恋してるんだって。


 スタイルには自信があった。天のためにダイエットを頑張ったんだからね? 顔は……将来に期待。女の子はお父さん似だと美人になるってネットで見た気がするからきっと大丈夫だと思いたい。

 海に行くのは8月の初旬、それまでに可愛い水着を買いに行かないと!と張り切っては見たものの、気合が入っていると思われたくもない。天はどんな水着でも喜んでくれると思ってたけど、私は知ってるよ? スクール水着が好きだって。でも、女の子は可愛い水着を着たいんだよ! スクール水着は……二人きりの時なら///と無駄な妄想をしていると、佳子ちゃんに水着を買いに行こうと誘われて、二つ返事でOKを出した。

 たまに思う時があるんだよね。佳子ちゃんって気がきいて、欲しい時に最良の言葉をくれるかし、軽々と私をお姫様抱っこしてくれるからいつか機会があれば言いたい。「お主イケメンでござるな!」と。

 因みに、買ったのはパフスリーブタイプの水着にしたけど天は喜んでくれるだろうか?


 その年の夏は台風が多くて結局中止になっちゃったよね。クラスの男子達はすごく悲しんでいたらしいね。天も残念だったのかな?

 夏祭りに浴衣で参加しようと計画がされていたのを私は知らなかった。とても悲しかったけど、神様はいたずらが好きなんだ!ってこの時思った。

 佳子ちゃんに夏祭りに誘われ、浴衣姿でうろうろしてたらにもクラスメイト達に出会った。一緒にいた女子達は一瞬バツの悪そうな顔をしていたけれど何でだろう?

 浴衣姿の天は制服の時と違って新鮮でエロ……色気があった。


「あれ? 二人で来てたんだ?」


 とあの時話しかけられたけど、私はクラスメイトで祭りに行くって知ってたらそっちにいましたよ?とは言えず、ただただ相槌を打つだけでまともな会話が出来なかった。だってその格好は反則だよ!


「じゃあ一緒にまわる?」


 何気ない一言で女子達の怒気が一瞬だけ膨れ上がったけど「そうだよ〜」とか「来るなら言ってよ〜」と改めて誘ってくれたから、佳子ちゃんが「じゃあ」と言って合流した。


「こっちだよ」


 合流した後、度々みんなを見失って迷子になってた私を天が探しに来てくれたよね。人混みの中で天の姿を見つけた時は嬉しかったよ。

 最後の花火の時、私また迷子になっちゃって一緒に見ることは叶わなかったけど、一緒に迷子になった佳子ちゃんと見た花火は良い思い出かな。


 夏休みが終わり、学校が始まってクラスの雰囲気が少し変わった気がしてた。みんなきっと夏休みデビューして大人になったんだと思うけど、私は……相も変わらず天を見てたよ。夏休みの間、偶然出会わないかなって行きそうな所をうろうろしてみたけど会わなかったね? やっぱり恋愛マンガのようにはいかないね。


「お化け役は山井田さんが良いとおもいまーす」


 文化祭はお化け屋敷をする事になって、私はみんなの推薦もありお化け役に抜擢されちゃった。クオリティが高いと評判だったから実行委員の天の力になれて嬉しかった。お化け屋敷が忙しくて天のバンド演奏を観られそうになかったから、佳子ちゃんに動画の撮影をお願いしようと思って相談したら佳子ちゃんもお化け役だったから結局動画は手に入らなかったのが悲しかった。


 クリスマスは一緒に過ごしたい、そう思って天がバイトしているカフェを外で待ってた。外から見える天の働く姿は凛々しくてこっそり写真とっちゃったのは秘密。

 バイト終わりの天に駆け寄って温かいコーヒーを渡すと天はすごく驚いたよね。寒さで声が震えていたからコーヒーを買ってて良かったと思った。

 その後、一緒にイルミネーションで彩られた街を歩いた。すごく嬉しくて幸せで、何を話したか覚えて無いくらい舞い上がっちゃったよ。天は照れくさかったのか目を合わさずに「じゃあ」と振り返らずに帰って行ったね。天は気付いてないかもしれないけど、姿が見えなくなるまで私は手を振ってたんだよ?

 それから冬休み間は毎日バイト先の前で待ってたけど、クリスマス以降一度も会えなかったから寂しかったな。


 冬休みも終わり学校が始まると上靴が無くなっていた。誰かが間違えて履いちゃったのかな? 佳子ちゃんはあるあると言って職員用のスリッパを持ってきてくれた。持べきものは親友だね!と言ったら壁ドンしてくれた。


 二年生になってショックな出来事が起きた。うちの学校は一年時からクラス替えがない学校だったのに今年から方針が変わったらしく天とクラスが離れてしまったね。天はA組で私はF組……。佳子ちゃんが「AFぐふふっ」と言って興奮していたんだけど、意味が分からなかったから適当に笑ってたら薄い本を貸してくれた。今では薄い本は私のサンクチュアリでありスクリプチャーになったよ。


 私はドジでおっちょこちょいって、天と別々のクラスになってから気付いたよ。階段を落ちたり、何もない所でこけたり、躓いたり。物もよく無くしちゃってた。これまでこんな事なかったのっていつも天がフォローしてくれてたんじゃないかって……そう思うと天が居ないと私はダメなんだって改めて思ったよ。こんな弱い女でごめんね?


 恋にライバルが現れるのはマンガでも現実でも一緒なんだよ? そんな出来事があったなんて天は気付かなかっただろうけど、絶対に負けたくなかったから頑張ったんだ。ライバルになった子の天を思う気持ちはすごく理解できるから辛かった……でもね? 天は誰にも渡したくなかったからちょっとになっちゃったけどしょうがないよね?


 SNSで天が病んでるって佳子ちゃんが言ってたから心配でアカウントを作ってフォローしようと思ったら作れなかったよ。何度も何度も何度も何度も作ったけど機械音痴すぎる自分が悲しいよ……。


 天に会いにA組まで行くのは恥ずかしいからさ、いつも遠くから見てた。いつ気付いてくれるかなって、目の端に写りそうな場所に居たけれど私に気付くと天はすぐに目を逸らしちゃうよね。そういう純粋で可愛いところが天っぽくて胸がキュンキュンしちゃうんだ。

 毎日見ている私だから気付くんだけど、天の顔が少し痩せちゃった気がする。ちゃんとご飯食べてるの? 天はいつも寝坊して遅刻してくるから朝ご飯抜いてるよね? 夜中まで起きてるから寝坊しちゃうんだよ。私すごく心配だから毎日お弁当を靴箱に入れてあげようと思ったけど、靴箱に弁当って何か嫌だよね。だから箱に入った携帯食を毎日入れてあげるからちゃんと食べてね。


 三年生になる時、クラス替えが楽しみだった。高校生最後の年はずっと一緒に居たい、そう思って先生にお願いをしてみたの。そしたら今年はクラス替えがないって言われてその場で泣き崩れちゃった……神様って残酷だね。


 とうとう卒業の日を迎えちゃった。高校三年間、天の存在が私の全てで苦しい時期もあったけど充実した毎日で、いっぱい想い出を作れて良かったね。


 卒業式の日、靴箱に手紙が入ってた。それは天からの手紙だった。名前は書いてなかったけど私にはわかる。天の字じゃなかったけど、かすかに天の匂いがするんだもん。私が間違えるかけないよ。


 ”卒業式が終わったら、裏庭の桜の木の下で待ってて下さい。”


 たったそれだけの文章だったけど、改めて気持ちを伝えられるって何か幸せ。


 卒業式が終わり、私は急いで裏庭へ行ったよ。天は中々来ないけど、私はわかってるよ。天は人気者だからみんな別れが惜しくて離してくれないんだよね。うんうん。


 夕方になっても天は来なかった。来る途中で何かあったのかと心配になったから校内をうろうろしていたら先生に帰りなさいと怒られた。

 そこからの記憶がないんだよね。何でだろう? 目を開けない天の顔をのぞき込み声をかける。


「天、起きて? 起きないとだめだよ? 聞こえてる? ねえ?」


 起きない天の顔を両手で包みいつまでも抱きしめる。


「天? 私はずっと傍にいるよ」

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