第4話 心が離れていない?

「いや、いいんだ。他に男がいたわけじゃないし。カティアの心が離れていないのを確認できたから」


 え? 離れていない? いやいや、中は別人だよ。カティアじゃないんだよ。その判断はおかしくない?


「あ、あの。求婚書を返したことは謝ります。ですから、その婚約はもう少し待っていただけませんか」

「構わない。カティアが落ち着くまで」

「え?」

「メルから聞いた。一週間前、カティアの様子がおかしかったと。邸宅全体が騒ぐほど。三日間くらい記憶が混濁していたと聞いている。落ち着いているように見えるが、俺に敬語を使うくらいだ。やはりまだ、治っていないのだろう」

「知って、いたんですか?」


 私は驚いて固まった。だって、最初は怒りで乗り込んできたじゃない! テーブルだって叩いて。怖かったのよ。


 それなのに、何もかも知っていたなんて。いや、カティアが別人になっていることまで、スティグは知らないけど。


「俺のことも、『好きでもない人と結婚なんてできません!』って聞いて、ショックですぐに来られなかったんだ。カティアが一大事だって言うのに。俺は避けられるのが怖くて」

「それについても、謝罪します。でも、怖かったのは私もです。近くで大きな音を立てられたら、ビックリします」

「あれは何度も求婚書を返すから」

「それでもやめてください」

「カティアが敬語をやめてくれたらやめる。それにいい加減、俺の名前も呼んでほしい」


 真剣な眼差しで言われ、私は戸惑った。私にとってスティグは、今日初めて会った相手だ。しかも、こんなかっこいい人に対して、敬語をやめることなんてできない。


 今だって、スティグに合わせながら、カティアを演じるだけで精一杯なのに。情報収集だってしているのだ。これ以上は無理。


「カティア。今すぐ敬語が取れないのなら、せめて名前だけは聞かせてくれ」


 敬語を止めることができない理由と、名前を呼べない理由は同じだった。幼なじみなのだから、当然名前で呼ばなければならない。それも呼び捨て。


 私にとっては難しい課題だった。


「カティア」


 もう一度名前を呼ばれ、催促された。


 婚約を待つと言ってくれているんだから、これくらい我慢しないと。


 私は観念したように口を開いた。


「……スティグ」

「カティア」


 嬉しそうにスティグは私に手を伸ばした。私は逃げなかった。


 もうやめる、と言ったから? 違う。もう怖く感じていなかったからだ。


 スティグは私の髪に触れ、ゆっくり撫でる。これに対しても嫌な感じはしない。そして一房手に取り、愛おしそうに見つめた後、スティグはゆっくり唇を落とした。


「!」


 スティグは満足そうに、こちらを見ている。おそらく顔を真っ赤にした私の顔を。


 もしかして、好きになっちゃったの? この短時間で? 嘘!


 私の態度はスティグの言う通り、心が離れていないことを証明していた。

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