第2話 やらかしは続くよどこまでも!

「すまない」


 謝罪の声と、手が引く気配がしたのは同時だった。私は目を開け、初めてスティグの姿を見た。


 暴力的なことを口にしていたわりに、クールな外見をしている。髪が銀色だからだろうか。紫色の髪をしているカティアと、お似合いに見えた。


「その、なんというか、配慮が足りなくて」


 バツが悪そうにしているスティグに、私は思わず、いえいえ、と返答しそうになった。


 だって、こんなかっこいい人が困っているんだもの。でも、ここで否定的なことを言うのはおかしい。


「配慮、とは?」


 未だ、スティグに対してどう接していいのか分からない状態で尋ねた。とぼける作戦は継続中だ。


「求婚書を送り返してきただろう。だから、その……」


 私はその先をドキドキしながら待った。


「体調が悪くなった、とか」


 なるほど。体調を崩したから、ちょっと待ってくれ、と受け取ったのか。ふむふむ。


「はい。一週間前に体調を崩してしまったんです」

「今はどうなんだ? まだ悪いのか?」

「えっと、体調は戻ったんですが、もう少し養生したいと言いますか」


 できれば、この生活に慣れるまでは待ってほしい、というのが本音だった。


「そうか」

「はい。どうぞ、おかけください。今お茶を……」


 用意させますね、と言おうとして、ハッと気がついた。そういえば私、メイドを下がらせたんだった。


 カティアの体に入ってから、常にメイドがそばにいるという環境に慣れなかった。


 転生前の入院生活でも、私の周りには人がいた。しかしそれとこれとでは、意味合いが違う。そもそも、体が辛いのに、人の目など気にしていられる余裕なんてない。


 入院していたのも、三ヵ月と少し。その前までは、独身貴族を謳歌おうかしていた、アラサー女だ。いくら世話をしてもらうと言っても、今の私は十八歳という、若さと健康を兼ね備えた体を持っている。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、気が休まらないのだ。数時間でもいい、一人になれる時間がほしかった。


 そこで昼間一人の時間を作る方法として編み出したのが、イーリィ伯爵邸にある庭園の東屋である。そこにティーセットを置いてもらったのだ。


 今頃メイドも、羽を伸ばしていることだろう。


 そんなウィンウィンの時間にスティグがやって来たのだ。


 スティグが座っている間に、私は立ち上がり、傍にあるワゴンからカップを取り出した。そして、ティーポットを持って注いだ。

 すでにぬるくなっているが、仕方がない。私一人分しか用意していないのだから。


「すみません。新しいお茶を用意したかったんですが、あいにく持ち合わせがないのでお許しください」

「あ、あぁ」

「どうかなさいましたか?」


 もしかして、貴族令嬢は自分でお茶を入れちゃいけなかったりするのかな。


「いや、まさかカティアにお茶を入れてもらえるとは、思っていなかったから」

「……そ、そうですか? 最近、よくここにいるんですよ、一人で。だから、入れられるようになったんです」


 私は笑って誤魔化した。やっぱり駄目だった!


 怪しまれたかな、と私がスティグの様子を窺っていると、予想外の言葉が返って来た。


「一人?」

「え? はい。一人になりたくて。ここは邸宅から見えない場所なので、メイドを下がらせても大丈夫なんです」

「知っている。だから、俺が来た時はよくここで会っていたじゃないか」


 しまった! ここは言わば、カティアとスティグが逢瀬おうせをしていた場所。


 だから、求婚書を送り返していても、邸宅の皆は平然としていたんだ。私が毎日ここに来ていたから。あぁ、恥ずかしい!


「最近、よくここにいるって聞いていたから、他に会っている奴がいるんじゃないかと思ったんだが。違うようで良かった。本当に体調が悪かったんだな」

「わ、私が浮気していると? 誰から聞いたんですか?」

「……イーリィ伯爵から」

「本当ですか? どなたか買収ばいしゅうして、私の行動を監視てしていたりしていないですか?」


 イーリィ伯爵、つまりカティアの父親から話を聞いた、というのはおかしい。間があったのも気になる。


 転生前の私は、貴族社会が舞台の物語を幾つか読んでいた。恋愛だったり、ミステリーだったり。その中に、王家や貴族の家にスパイを送り込む話がある。


 イーリィ伯爵家とギルズ伯爵家の力関係が、どうなのかも私は知らないのだ。


「か、監視などしていない! ただ、様子がおかしいと聞いたから。心変わりでもしたんじゃないかと思ったんだ。求婚書を返されれば、誰だってそう思うだろう!」

「買収したことはお認めになるんですか?」

「なんでそっちに関心が行くんだ」

「それは……」


 こんな物語みたいなことが、現実に本当にあるのか気になるし。誰が買収されたのかも、興味があった。一体、どんな方法で?


「相手が誰だか知りたいんです。女性ではないですよね」


 こっちも浮気を疑ってみることにした。


「し、仕方がないだろう。カティアのことを聞くのに、男だと限度がある。だから」

「もしかして、メルですか?」


 メルとは、私が下がらせた専属メイドだ。スティグの来訪も、彼女が知らせてくれた。


「悪いとは思っている。それに浮気もしていない! これは信じてほしい」

「分かりました。その代わり、私の質問に答えてください。それで許します」

「質問?」

「はい。答えられませんか?」


 私は絶好の機会だと思い、スティグを攻める。


 この一週間、メイドたちにカティアの情報を聞いたが、さすがにスティグとの関係までは聞き出せなかった。

 それはカティアが、スティグとの逢瀬を、周りに言い触らすような子ではなかったからだ。


 自分の胸の内で大切にしているなんて、可愛らしい子。私が抱いた、カティアという女の子の人物像だった。


「そんなことはない。好きなだけ聞け」


 ほんの数分のやり取りしかしていなかったが、スティグは乗ってくると思っていた。私は内心クスリと笑った。

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