第2話 やらかしは続くよどこまでも!
「すまない」
謝罪の声と、手が引く気配がしたのは同時だった。私は目を開け、初めてスティグの姿を見た。
暴力的なことを口にしていたわりに、クールな外見をしている。髪が銀色だからだろうか。紫色の髪をしているカティアと、お似合いに見えた。
「その、なんというか、配慮が足りなくて」
バツが悪そうにしているスティグに、私は思わず、いえいえ、と返答しそうになった。
だって、こんなかっこいい人が困っているんだもの。でも、ここで否定的なことを言うのはおかしい。
「配慮、とは?」
未だ、スティグに対してどう接していいのか分からない状態で尋ねた。とぼける作戦は継続中だ。
「求婚書を送り返してきただろう。だから、その……」
私はその先をドキドキしながら待った。
「体調が悪くなった、とか」
なるほど。体調を崩したから、ちょっと待ってくれ、と受け取ったのか。ふむふむ。
「はい。一週間前に体調を崩してしまったんです」
「今はどうなんだ? まだ悪いのか?」
「えっと、体調は戻ったんですが、もう少し養生したいと言いますか」
できれば、この生活に慣れるまでは待ってほしい、というのが本音だった。
「そうか」
「はい。どうぞ、おかけください。今お茶を……」
用意させますね、と言おうとして、ハッと気がついた。そういえば私、メイドを下がらせたんだった。
カティアの体に入ってから、常にメイドが
転生前の入院生活でも、私の周りには人がいた。しかしそれとこれとでは、意味合いが違う。そもそも、体が辛いのに、人の目など気にしていられる余裕なんてない。
入院していたのも、三ヵ月と少し。その前までは、独身貴族を
つまり、何が言いたいのかと言うと、気が休まらないのだ。数時間でもいい、一人になれる時間がほしかった。
そこで昼間一人の時間を作る方法として編み出したのが、イーリィ伯爵邸にある庭園の東屋である。そこにティーセットを置いてもらったのだ。
今頃メイドも、羽を伸ばしていることだろう。
そんなウィンウィンの時間にスティグがやって来たのだ。
スティグが座っている間に、私は立ち上がり、傍にあるワゴンからカップを取り出した。そして、ティーポットを持って注いだ。
すでに
「すみません。新しいお茶を用意したかったんですが、あいにく持ち合わせがないのでお許しください」
「あ、あぁ」
「どうかなさいましたか?」
もしかして、貴族令嬢は自分でお茶を入れちゃいけなかったりするのかな。
「いや、まさかカティアにお茶を入れてもらえるとは、思っていなかったから」
「……そ、そうですか? 最近、よくここにいるんですよ、一人で。だから、入れられるようになったんです」
私は笑って誤魔化した。やっぱり駄目だった!
怪しまれたかな、と私がスティグの様子を窺っていると、予想外の言葉が返って来た。
「一人?」
「え? はい。一人になりたくて。ここは邸宅から見えない場所なので、メイドを下がらせても大丈夫なんです」
「知っている。だから、俺が来た時はよくここで会っていたじゃないか」
しまった! ここは言わば、カティアとスティグが
だから、求婚書を送り返していても、邸宅の皆は平然としていたんだ。私が毎日ここに来ていたから。あぁ、恥ずかしい!
「最近、よくここにいるって聞いていたから、他に会っている奴がいるんじゃないかと思ったんだが。違うようで良かった。本当に体調が悪かったんだな」
「わ、私が浮気していると? 誰から聞いたんですか?」
「……イーリィ伯爵から」
「本当ですか? どなたか
イーリィ伯爵、つまりカティアの父親から話を聞いた、というのはおかしい。間があったのも気になる。
転生前の私は、貴族社会が舞台の物語を幾つか読んでいた。恋愛だったり、ミステリーだったり。その中に、王家や貴族の家にスパイを送り込む話がある。
イーリィ伯爵家とギルズ伯爵家の力関係が、どうなのかも私は知らないのだ。
「か、監視などしていない! ただ、様子がおかしいと聞いたから。心変わりでもしたんじゃないかと思ったんだ。求婚書を返されれば、誰だってそう思うだろう!」
「買収したことはお認めになるんですか?」
「なんでそっちに関心が行くんだ」
「それは……」
こんな物語みたいなことが、現実に本当にあるのか気になるし。誰が買収されたのかも、興味があった。一体、どんな方法で?
「相手が誰だか知りたいんです。女性ではないですよね」
こっちも浮気を疑ってみることにした。
「し、仕方がないだろう。カティアのことを聞くのに、男だと限度がある。だから」
「もしかして、メルですか?」
メルとは、私が下がらせた専属メイドだ。スティグの来訪も、彼女が知らせてくれた。
「悪いとは思っている。それに浮気もしていない! これは信じてほしい」
「分かりました。その代わり、私の質問に答えてください。それで許します」
「質問?」
「はい。答えられませんか?」
私は絶好の機会だと思い、スティグを攻める。
この一週間、メイドたちにカティアの情報を聞いたが、さすがにスティグとの関係までは聞き出せなかった。
それはカティアが、スティグとの逢瀬を、周りに言い触らすような子ではなかったからだ。
自分の胸の内で大切にしているなんて、可愛らしい子。私が抱いた、カティアという女の子の人物像だった。
「そんなことはない。好きなだけ聞け」
ほんの数分のやり取りしかしていなかったが、スティグは乗ってくると思っていた。私は内心クスリと笑った。
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