「あたしメリーさん。いま南極点にいるの」

天岸日影

「あたしメリーさん。いま南極点にいるの」

「あたしメリーさん。」

携帯からそんな声が聞こえたのは、ある暑い日のことであった。

うっかりしたことに、僕は相手の電話番号を確認しないまま電話に出てしまったのであった。

「あの、どなたでしょうか。」

「あたしメリーさん。」

「えーと、何の御用でしょうか?」

もしかして……これは、あの『メリーさん』というやつか。いたずら電話か?

「あたしメリーさん。いまあなたの真南にいるの。」

「遠いのか近いのか分からないんだが。」

「いま南極点にいるの。」

「遠いな!!!」

「さむいの。」

「そりゃあな!」



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

「あたしメリーさん。」

「またか。」

「いまフエゴ島にいるの。」

南アメリカじゃないか!!!

「遠ざかってない?」

「南極の、海は、寒いの。」

「そりゃあな!」

多分、海の区間が一番短かったのだろう。



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

もう三回目である。

「あたしメリーさん。」

「ですよね。」

そもそも、友達がいないので電話は来ない。

よく考えるとアポなし電話はほとんどメリーさんだ。

それにしても、雑音がうるさい。人が沢山いるのだろうか。

「いまジョン・F・ケネディ国際空港にいるの。」

「飛行機はチートじゃない?」

「歩き疲れたの。」

「そりゃあな!」



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

四回目である。いい加減学習しなければならないが、なぜかうっかり出てしまうのである。

「あたしメリーさん。」

「はいはい。」

「ここどこ」

またまた雑音が騒がしいが、今度は金属音や破裂音が聞こえる。

「僕に聞かれてもさ。」

「銃って怖いの。」

「ほんとにどこに行ったの?てか何で真っすぐ日本に来てないのさ。来たら困るけど、困るけどさ!」

「飛行機の屋根ってしがみついてられないの。」

「まさかの飛行機の外にしがみついてたんか。」

「落ちたの。」

「そりゃあな!」

海ポチャしなかっただけマシだろうに



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

五回目である。自分の痴呆症を疑う。

「あたしメリーさん。」

「またかい。」

「いま東京都の……」

「おお、今度こそ日本だ。いや、来ても困るけどさ。」

「母島にいるの。」

「まさかの小笠原諸島?」

「あついの。」

「大丈夫だ。気象庁によると今日はこっちの方が実は暑い。」

「よく生きているわね。」

「僕にはクーラーがある。」

「ずるいの。」

「そりゃあね!」



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

何回目だろう。六回目か、七回目か。そろそろ回数の記憶が怪しい。

「あたしメリーさん。」

「そろそろ本州くらいにはきた?」

「いま東京都墨田区押上1丁目1番2号にいるの。」

「普通にスカイツリーって言えばよくない?」

「絶景なの。」

「いや普通に観光してんじゃないよ。」

「でも、来たからには見ないと……」

「そりゃあね!」



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

もはや何回とか考えるのもやめた。

不定期の数日おきのカウントアップなど、無理である。忘れる。

「あたしメリーさん。」

「いまあなたの近くの……」

「とうとう近くと言えるようになったか。」

「カレーうどん屋さんにるの。」

「人形が飯食うな。というか、そんなところに西洋人形居たら目立たない?」

Twi〇〇erとかに流れてないよな?

「昼時間開店直後はあまり人が居ないの。」

「微妙に慣れてる感出さないで。」

「50辛はものすごく辛いの。」

「そりゃあな!」



数日後、ある暑い日。またうっかりと電話に出てしまった。

「あたしメリーさん。」

「こんな近くまで来ておいて何で数日もかかるのさ。」

「いまあなたの近くのコンビニにいるの。」

「もしかして、この数日100mも移動してなくない?」

「昼間はアスファルトがあつくて溶けそうなの。」

「いや、夜。」

「夜は眠いの。」

「ホラー属性捨てにいってない?」

「でも、寝ないと、健康が……」

「そりゃあな!」



数時間後、ある熱帯夜。またうっかりと電話に出てしまった。

「あたしメリーさん。今あなたの……その……廃墟みたいな家にいるの。」

「悪かったな地域最安家賃だよ!」

「ボロい板にとってつけたような取っ手をガチャガチャしてるけど開かないの。」

「そりゃあな」

戸締りはちゃんとしてるし。



数分後、ある熱帯夜。またうっかりと電話に出てしまった。

「あたしメリーさん。今あなたの部屋の玄関にいるの。」

「さっき、バギャって金属っぽいものが壊れる音したけど、まさかの力づく?」

「あたしメリーさん。筋力には自信があるの。」

「別の意味で怖くなってきたよ。」

「あと、ゴミ袋は早めにゴミにだしたほうがいいの。」

「そりゃあ……なぁ……」

玄関とキッチンのスペースを圧迫しているのは問題だとは思っている。



数分後、ある熱帯夜。またうっかりと電話に出てしまった。

「あたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの」

重い。

結構ずっしりと重い。

「いや、完全に背中の上に乗ってから言われてもさ。」

ベッドでネットサーフィンというダメ人間生活をしていたところ、急に背中に乗られたのだ。

さすがに言われなくても気づく。

「あたしメリーさん。重い?」

「重い。」

「失礼なの。」

「ぐぇ……」

圧力が増す。痛い。

「あたしメリーさん。覚えている?」

「そりゃぁな。」



数分後、ある熱帯夜。その人形はぽつりと話し始めた。

「どうして、捨てたの?そんなに疎ましかった?」

「仕方ないじゃないか。」

「せっかくあなたの好みの形をしてあげたのに。見向きもしてくれない。」

「だからこそだよ。思い出したくなかった。あの子と同じ話し方で、あの子と同じ姿で、何をしたいんだ。」

忘れもしない同じ名前のあの子の笑顔。

些細な事故で失われた命。

あの子と同じ話し方、同じ顔をした奇跡の人形。

しかし、人形はあの子を自身の事としてではなく、あの子を他人の事として語らう。

だからこそ、あの子をかたどった人形も無かった事にして、置いてきた。

「なあ、君は……『メリー』なのか?それとも成り替わろうとした『何か』か?」

「どっちでもいいじゃない。在るほうを『メリー』と思い込めば。」

「それでも悩むさ。」

「あたしメリーさん。重い?」

「そりゃあな。」

「じゃあ、押し潰してあげる。」

ああ、重すぎて、想すぎる。



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「あたしメリーさん。いま南極点にいるの」 天岸日影 @uton

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