内気なシンデレラ

霙 雪菜

内気なシンデレラ

 勇気を出して私は告白した。

なのに、フラれたのだ。

目の前が真っ暗になる。

「お前は恋愛対象外。

好きとか嫌いとかじゃなくて、まず論外なんだよ。」

その言葉が耳に焼き付いてとれない。

 中二の冬の、大掃除の時間だった。

彼と二人きりになれるチャンスがあって、今しかないと思ったのに、結果は散々。

しかも、その男マササトは私に告られたことをネタにしたのだ。

あいつはオタクの皮を被った、クズ陽キャだった。 

そのせいで私の中学時代は察しの通り。

どうしてあんな奴好きだったの、と熱が冷め、勉強にも支障を来すほど恋してた時期を返して欲しい。 


 



春休みが終わり、高校二年生となった。

クラス替えをし、不安な気持ちで一杯だったが彼を見るなり心の鎖がとれた。

名はスズハと言った。

全体的に色素が薄く、横顔はアフガンハウンドそっくりだ。

あまりのイケメンっぷりに心がソワソワして、学校にこんな良い男がいたのかと心底驚いた。

自己紹介で自分の番が回ってきたとき、彼と目が合い、元からあがり症な私が倍どもるレベルだった。

重症化させる能力をもつ男…

二の舞になら無いように今度はしっかりじっくりこの目で見守ることにした。

席は私の右斜め前なので非常に見やすいし、視線にも気づかれにくい。

最初からこの席とはなんて運が良い・・・と嬉しさを噛み締めた。

ところがスズハはそっけない。

でもそこが野良犬っぽくて、さらに拍車がかかった。

彼はマササトのような嫌な奴ではない、ただの大人しくって格好いい人だった。 

オタクではなさそうなので私とは話が合わなそうだが、それでも良いぐらい顔が整っていた。 

語彙力が下がるほどに。

周りの女子たちはまだスズハの魅力に気づいてない模様。

「私の一人勝ちね。」 

と入浴中にニヤついてガッツポーズをした。

洋犬は数学が得意で、体育は苦手だった。 

犬の癖にね。

でも、そういうところも好き。



花を飛ばしている頃、ほぼ初対面の私にやたら優しい人がいた。

その人の名はナツ。

共通点も特になく、最初は警戒してたのだが、

話を聞くとどうやら、小学生時代の友達のクラスメイトの友達、だそうで。

「いや、遠いね!!

それ、同じ出身校で良いと思うよ!」とついツっこんでしまった。

それを面白いと思ったのか、友達に見守っててくれと頼まれたのか・・。

とにかく、それからナツとは仲良くやっていた。

彼もまた、オタクであった。

顔は柴犬っぽい。


私がウサギよろしく跳ねて黒板を消そうと奮闘していたら別の黒板消しを持ってきて消すのを手伝ってくれたり、

自販機でもウサギしてたら「これ?」と代わりに押してくれたり…

ナツは人の気持ちに寄り添えた。

それに、クラスラインにも入れてくれた。

でも、そこにスズハの名はなかった。



「なんかさぁ…。

ナツ君、私にやたら優しい。」

一番好きなのはスズハだけど。

相変わらず彼は私にツーンとお澄まししてる。

ちゃんとリードをつけてないと逃げていってしまう危うさがスズハにはあった。

「ん~。サチ、良かったじゃん。

好意は素直に受け取っとくべきだよ。」

あまり関心の無い友達にムッとしつつ弁当の卵焼きを頬張る。

甘くて、美味しい味がする。

私はナツがしてくれたことを指折り数えて述べ続けた。

班学習で一緒の班になり手助けをしてくれたことや、次の授業が何か教えてくれたこと等、エトセトラ。

友達はやはり「ふ~ん。」としか言わない。

感想をくれないのなら良いや…と最後のタコさんウインナーを口に入れ、弁当の蓋を閉めた。




七ヶ月経とうがスズハは魅力をキープし続け…、いや、更新し続けている。

でも、ネクタイをつけた大型犬は対して私を見てくれなかった。


そしてサチは、スズハにラブレターを送る気持ちを固めた。

古典的なやり方だが、直接の告白は痛い思いをしてるため避けた次第だ。

今回こそは恋を実らせたいと思って。

帰り道、文房具店に足を運び、猫とハートがあしらわれた可愛い便箋を購入。

帰宅するなり宿題もやらずに机に向かい、手紙を書いた。

消しては書いて、丸めて捨ててを繰り返す。

愛をしたためた三枚の手紙を封筒にいれ、シールで封をする。

「やっと、終わった~!」と伸びをすればバキリと痛そうな音がなった。


次の日、下駄箱に入れておく計画をたてた。

朝は先生が居るため無理だが放課後なら誰にも知られずスッと置ける。

ロッカーや机の中と言う手もあるが、まず気づかれない可能性が出てくるので。

授業に身が入らず「はよ、終われ!」を繰り返し祈った今日。

ようやく訪れた放課後に決行する。

しかし、この日に限ってスズハは家にすぐ帰らない。

いつもなら私が鞄に荷物を入れているうちに教室を出てくのに…。

席替えをして私が前になっていた。


結局、彼が帰るまで待つことにした。

最初は図書室に向かった。

本の国の旅客は私一人だけで。

雑誌をパラリと捲って時間を潰した。

せっかく来たんだしと、少し前に流行っていた小説を借りていく。

もう帰ったかと一度下駄箱を確認するもスズハの靴はまだそこにある。

今置いても良いが、生徒はまだ残っているし、何より鉢合わせしたらたまらないから。

次に、美術部室を訪れた。

ふと思い直し、私がココにいたらマズいかなと聞いたが、

「顧問はいないようなもんさ。」

「覗きに来る方がよっぽどレアだし気にしなくて良いよ。」

と友達はそう口にする。

「それは、教師として失格なのでは…?」と返せば笑っていた。

最初の方は部員の絵を褒めたり、友達と会話したりしていた。

が途中から集中してなにかを描き始めたので私は黙って端に行き、先ほど借りた本を読んだ。

内容はどことなく自分とスズハのような感じがする、恋愛小説だった。

読み進めていくうちに、心がドクリとして震えた。

変な汗すら出るほどに。

そして読み終わる前に、友達につつかれてようやく本の世界から戻ってくる。

「もうすぐ先生が終わりの礼しに来る時間だから帰った方がいいよ。」

と彼女は時計を指差した。

「うわっ! 本当だ!

ありがとうね。

今度ちゃんとお礼させて!」

きっと、もう彼は帰っただろう。

…ところで彼は何で残ってるの?



彼の上履きの隣にカタリと優しく置く。

私より少し大きい同じ上履き。

お揃いといえば聞こえは良いが、そしたら学年全員とお揃いになるので考えるのでやめた。

外に出ようとしたら扉が施錠されていた。

仕方がないので職員玄関から抜け出した。

外はもう、泣きそうなほど暗くて寒い。

私は残りを読んじゃおうと小説を取り出し街灯の下で読んだ。

なんだか目に染みて涙が溢れた。



決行日から幾日かたった。

残酷なほど変化はなく、普段通り世界は回っていた。

気にして損をした。

今日だって、提出するプリントをやってきたのに家に置いてきたのだ。

「絶対今日欲しかったのに!」

「サチさんが忘れるなんて、珍しい…。」

と職員室で言われたばっかりだ。

ポカやっちゃった…。

シュンとして廊下を歩いていると

「おい、聞いたか!?

スズハがラブレターもらったって話!」

と男子達が騒いでいるのが聞こえた。

嫌な予感がし、そして的中した。

なんと、スズハが例の手紙の件を言いふらしているのだ。

胸がズキリと痛む。

固まって動けなくて、息もしにくい。

「またか……。」

ようやく口から絞り出たのはこの言葉。

しっかり見極めていたつもりだったのに。

そんなことする人だったと見破れず、自分で自分が可哀想に思えてくる。

「ハハハ…。」

乾いた笑みをこぼしスカートを握る。

彼もまた、気弱美人の皮を被ったクズ男だった。

そして残ったのは、小さな灰被りのウサギだった。




傷心して一週間。

匿名でだしてたお陰もあり、誰が送ったとかの犯人捜しはなかった。

むしろ、そっちの方が辛いが…。

その日の昼休み、自販機でパンでも買おうかと売場にいくとスズハを見つけた。

そして隣に彼女らしき人物がいるではありませんか!!

人が他にいるのも気にせず堂々といちゃつく仕草に胸が焼けた。

悔しくって「あの娘共々、地獄へ墜ちろ!」と悪態ついた。

welcome to hell!!

そんなフレーズが似合いそうなカップルだ。

スカートがやけに短くて、髪が茶色で、化粧をしている、校則破りな女。

私は思わず逃げ出した。

「こんなフラレ方ヤだよ……。」

まだ、マササトのときの方が優しかったんだ…。

ウサギはただ、恋愛に向いてなかった、それだけなのに。

ひたすら床をダンダンと叩いているだけ。



校内で泣くわけにもいかず、唇を噛んで悲しみを圧し殺した。

三日三晩泣けるほど傷ついた。

どおりで振り向かない訳だ。

でも、

「何で……私だけこんな目に…。

私に勝ち目、ないじゃんかよぉ…。」

目を擦り階段を降りれば、ナツとすれ違う。

気づくのにワンテンポ遅れた。

「そんなに焦ってどうしたの?」

子供に言い聞かせるような喋り方は酷く身に染みた。

「…!?

えっ、ねぇ? サチ…?」

つい、立ち止まってしまった足に動けと念じて歩みを進める。

喋ろうとしたら泣いてるって一発で分かるし、どんな顔したらいいかすら分からないんだ。

ごめんね、ナツ…。



そして、階段を踏み外し落っこちてしまった。

しかし、物理的な痛みを感じず目を開ければ、ナツが寸前で私の細い体を抱き締めてくれていた。

腫れた赤い目で彼を見る。

命を助けてもらったとか、初めて男の子に抱き締められているとかで、混乱する。

さっきまでの絶望なんてどこへやら。

返事がないのを不審がり

「だ、大丈夫…? サチ?」

と心から心配する声をだす。

放送から流れてくる歌は今の私達みたいなボカロ恋愛曲で。

身近にいた王子様…ってこと?

その歌のお陰で正気に戻れたし、

彼は離してくれた。

涙はすでに枯れていた。

「どぅ、どぅわぁぁ~!?

だ、大丈夫ぅ~! ありがとうねぇ~!」

と少し痛む喉で叫び、駆け出す。

全然大丈夫じゃないけれど。

自分の本心を見抜けて良かった。

勘違い…、しても良いのかな?


五時間目、昼飯を食いっぱぐれて空腹だが心は満腹だった。

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内気なシンデレラ 霙 雪菜 @Mizore-Yuk1Na

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