それから、これから
地下神殿での騒動から三日後。カルディナ王城には、普段通りの時間が流れていた。
大魔王復活騒動は、ゼノビアの提案で無かったことにされた。
地下神殿で発生した戦闘の余波が地上にも局所的な地震となって伝わったが、忍とルーディが戦ったからだというゼノビアとグレンに化けたアンゼリカの説明を、疑う者はいなかった。
今も形式上は大魔王の封印は護られ、地下神殿にはテッセラクトが鎮座されている。エレベーターの修理提案を握り潰し続ける以上、向こう百年はこの事実が明るみに出ることはない。
「てなワケで。今後もテッセラクトとガントレットは忍が持ち続けてちょうだい。くれぐれも、誰かに奪われないようにね」
「お、おう。……わざわざそれを言いに来たのか?」
慌てて着込んだ毛玉だらけのスウェット姿で、忍は渋い顔をしてゼノビアを見返した。
事件から三日間、つまり第三者には理解し難い流れで忍とルーディが恋人同士となってから今日までの間、二人は仕事にも出ずに忍のアパートでしけ込んでいた。
事件の翌日には登城要請が送られて来たものの黙殺し、今朝になってとうとうゼノビアがアンゼリカ(が化けたグレン)を引き連れて押し掛けてきたのであった。
埃っぽい上に生臭い空気が充満した部屋の空気に吐き気を覚えたゼノビアは、木術で即興したガスマスクを身に着け、床を踏みたくない一心で空中に浮遊して対話していた。
そうして二人が話す横で、ルーディとアンゼリカがテキパキと急ピッチで部屋の片付けを進めていた。
ゼノビアは空中で優雅に脚を組み、想定以上の魔力消費に焦りつつも、平静を装って話を続けた。
「本題はここからよ。忍、今何か目標とか目的とかってある?」
「男に戻る。まあ、戻るって言い方がしっくり来るかは分からねーけど、ルーディが結婚するなら男じゃないと嫌だっつーからさ」
「だったらちょうどいいわ。アタシもその方法を探す手伝いをするから、代わりにアンタらの力を貸して欲しいの」
「おう、いいぜ」
「そうよね。アンタの性格からいって、安々と首を縦に降ってくれるとは思わなえぇっ!! い、いいの!?」
自分から頼んでおいて驚くゼノビアに、忍はもう一度大きく頷いた。
「ああ。ルーディとも話したけど、個人で方法を探すのは難しそうだからな。そういう話は願ったりだ」
「……そ、そう。ぬふふふ」
色々と用意していた交渉材料を一気に不意にされたが、そう言ってくれるならありがたい。マスクの下で顔がニヤけた。
「なら、早速だけど明日からアレグリアスに向かって欲しいの」
「あれぐりあす?」
「大陸北側の巨大国家よ。うち(カルディナ)ともう一国とで一世紀ぐらい三竦みしてるの。表向きは平穏だけどね」
どことなく皮肉めいた物言いをしたゼノビアは、あまり脱線すると忍が飽きそうだからと話を戻す。
「向こうの冒険者ギルドを拠点に活動して、必要に応じて私からの依頼を受けてほしいの。情報とかをギルド経由で受け取ってもらえれば、後は自由にやってもらってて構わないから」
「おお! 潜入工作ってヤツか!」
「アンタにそんな器用な真似が出来るものですか。本命の為のデコイよ、デ・コ・イ」
ルーディならともかく、忍には鉄砲玉が関の山だ。自覚もあるのか、当人もそりゃそうだと頷いた。
「んでね、アレグリアスには宗教上の理由で手付かずの古代遺跡も多いのよ。テッセラクトがあれば、もしかすると元に戻る手段が見つかるかもね。あっちの国で勝手に遺跡漁ったら死刑だけど」
「軽く仰いますね、ゼノビア王女。最悪、外交問題ですよ?」
床をT字モップで拭きながら、ルーディが珍しく常識的な意見を差し込む。いつの間にやら爛れた汚部屋は、爽やかな風が吹き込む清潔感に満ち溢れている。仕事が早い。
ゼノビアに代わって、疑問には忍が答えた。
「バレなきゃいいんだろ?」
「その『バレないように』ってあなた、出来る? 侵入したのも悟られちゃいけないのよ?」
「おいおい、そんな『あなた』だなんて照れるじゃねえか!」
「聞きなさいよ、人の話」
「新婚バカップルめ」
見ているだけで胸焼けしそうなやり取りに辟易したのか、ゼノビアはまた明日来ると言い残し、アンゼリカを連れて帰っていった。
再び二人っきりに戻った部屋で、忍は茶を淹れるべくダイニングに立った。
「けど、アレグリアスね。今は反政府運動が盛んで、治安も悪くなってるっていうのに。ゼノビア王女も意地が悪いわ」
掃除を再開したルーディは、台所で茶の湯を沸かす忍へ苦笑交じりに投げかける。言葉とは裏腹に、口振りは軽い。
「へえ。そりゃ愉しそうだ」
「呑気ね。まあゼノビア王女も言っていた通り、本命は別に用意してるみたいだし。こっちは好きにやらせてもらいましょう。一刻も早く、あなたには男の子に戻ってもらいたいし」
「オレだって、ちゃんと男としてお前と付き合いたい。百合百合なのは傍から見てるだけで十分――おっと」
ポットに湯を注ぐ忍の背後に、いつの間にやらルーディが移動しており、覆い被さるように抱きしめられていた。
「おい、危ねえぞ」
「ごめんなさい。我慢できなくて」
今朝方まで散々味わった体温なのに、随分と永いこと離別していたような錯覚に陥る。沸騰した湯が手元に無ければ、振り向いて押し倒しているところだ。
「そんなに急ぐ?」
「言ったでしょう、女の子と付き合う趣味は無いって。あんまり今のままが続くようなら、他所の男に浮気しちゃうかも」
「そりゃ勘弁だな。きっと悲しい事件が起きる」
「ええ。でも、しばらくはこのままでも楽しいけどね。わたしと気が合う人、きっとあなたしかいないだろうし」
お湯を注がれた茶葉が、良い香りを立て始めた。
二人の顔が自然と近づく。
異なる世界で生まれた二人の時間は、まだまだずっと続いていくのだろう。
〈了〉
悪魔が修羅を喚んだなら Atori_elegy @atori_elegy
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