新潟にて

北風 嵐

第1話 新潟にて

僕は詰まったら、旅に出る。たまなことだから、家族も許す。

富山の近江市場に来た。家族を・・と思った。カニを送った。

新潟まで足を延ばした。もう見ることもあるまいと、日本海。

ネットで検索なんてない時代、フラリと行き当たりバッタリの旅。

それでも、いいものは食べたいし、難儀はしたくない。


新潟といえば、お米に、お酒に、新潟美人、すべてこれ水がなす産物である。

雪解けの水が美味い米を作り、その米は旨き酒を作り、色白の美人を作る。

新潟駅についた、さて?どうする。


こんな時は、僕はタクシーの運転手さん。「居酒屋じゃいけないよ。小料理屋さんかな、高いとはいけないよ、美味しい魚がたべたいね」と、虫のいいことを言う。「僕は行ったことがありませんが、よくお客さんを連れて行くとこがあります。そこでいいですか?」「ああー、やっとくれ。そこでいいや」と、答える。


表通りから少し入ったところ、店いっぱいの繁華街でもない、といってそこだけが店でもない。適当に灯りやネオン。植え込みの玄関を入って、引き戸を開けた。「いらっしゃいませー」と美しき声、僕は声の綺麗な人が好きだ。

小料理屋というには少し広い。僕はカウンターに座った。女将は40ぐらいだろうか、少し地味目の着物を着ていた。勝気そうな顔であったが、嫌な感じはなかった。


魚の煮付けを注文したと思う、お酒の銘柄は忘れたが旨かったと思う。常連だろう、年配の紳士が「女将もう何年続いている、いつもこの店は明るくっていいね」と言った。「はい!お陰様で、私は昨日言ったことに責任を持たない主義でして、昨日は昨日、今日は今日の気持でやっています」と女将は笑いながら答えた。私は思わず、含んでいた酒を吹き出しそうになった。


私の母がそっくりのことを言っていたのだ。酒や飲食の店ではなく、洋品を扱う店をやっていたが、客の笑い声が絶えない店であった。母はどこに行っても友達が出来た。元気だったがわりと入院する方だった。あの人はどこそこの病院の知り合いとか、病院ごとの友達があった。あるときは、ご主人に気を使いすぎて、鬱になった女性が隣のベッドだったが、母と話している内に治ったという、本当の話があった。母を見舞ったとき、その本人が私に語ってくれたのだから・・。

残念ながら、私は母のそんな得な性分を受け継がず、父の方に似たようである。新潟の店の料理と酒の味は忘れても、女将の笑顔と言葉は覚えている。

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新潟にて 北風 嵐 @masaru2355

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