魂が宿ったSiri

tomis brown

魂が宿ったSiri 〜 feat Hey Siri 〜



みんなはSiriを呼ぶまえに『ヘイ』と言う。

なぜ『ヘイ』と呼ぶのか理由は単純で明快、英語で人を呼ぶときは『ヘイ』だからだ。

それが基本、普通で当たり前。それ以上でも以下でもない。

 だけど僕はその当たり前という固定概念がなによりも嫌いだ。個性に欠けている。

 僕、川上亮介は日本人だ。

 人を呼ぶときは普通に『ねぇ』とか『なぁ』だろ。なぜ外国人ぶる必要がある。


 そんなことを思い始めたのは大学を卒業し社会人になって3ヶ月が経った頃だった。


「川上くん、どうして君はそんなに物覚えが悪いんだ? さっきこのファイルを別のサーバーにアップしてって言ったじゃないか。何度も同じこと言わせるなよ」


 このパワハラギリギリのグレーな言葉遣いをするのは僕の直近の上司になった松本課長だ。

 松本課長は部下からは信頼されているのだけれど僕はどうも苦手だ。

 簡単な言葉を使うとすれば馬が合わない。


 でもせっかくの新卒切符を大手企業に使った僕は辞めようと決意すると足が竦んでしまう。

 もし辞めれば今よりもいい会社に入れる保証なんてない。辞めずにしがみつくのが一番なのかと酷く弱気になってしまう。


 でも今逃げなかったらこの先何年もこの人と一緒に仕事をする事になる。その事を考えると胃が焼けるように痛くなるのだ。


 はぁ困ったなー。


「おい川上、聞いてるのか?」


 これが鬱病って言うんだろ知ってるよ。

 どうして僕ってこんなに仕事ができないんだろう。これも遺伝なのか?

 

「おい、川上」

「すいません、ちょっとトイレ行ってきます」


 やっぱり向いてないのかなーこの仕事。

 誰かにこの不満を聞いて欲しいよ。

 っていっても僕に相談できる友達はいない。

 いるんだけどみんな県外に出て行ってしまったため県内に残った友達は誰一人としていない。

 

 つまりぼっちだ……。


 同じ会社で気軽に話せる同期

 同じ県内でいつでも遊べる友達

 同じ市内でいつでも遊べる彼女


 そんな知り合いが欲しい。

 知っている人がいるだけで、だいぶ気が楽になるのだろう。


 僕のストレスはすでに限界近くまで溜まっていたと思う。思ってることが口に出て音となって発せられた。

 

 ああぁあーー。


 もぉ……。



「なぁ知り合いが欲しいよ」



 やべっ思わず口に出てしまった、最悪だー!!

 てかここ、トイレの個室なんだけど誰も聞いてないよね?

 でも隣の個室からガタガタと紙を捲る音が聞こえるってことは……。


 恥ずっ。


 誰にもバレないタイミングで外に逃げよう。


 僕は静かになったタイミングを見計らって外に出た。とりあえずコーヒーでも買って喫煙所に行くとするか。


 なんだかんだで1人でハラハラしてそれなりに汗もかいた。

 

 何やってんだろ……僕。


 でもやっぱりコーヒーとタバコのセットは格別だ。

 美味いし心が安らぐ……。

 依存が強すぎるのも納得がいく。


 僕は口から立ち登る白い煙を眺めていた。


『呼びましたか?』


 ……は?


 誰も呼んでないけど、てか誰?

 

 てかどこから?


『おーい』


 ふとポケットのスマホに目をやると光ってる。

 

 というよりライトが点滅している。


 電話か? アラームか?


 そう思いポケットから取り出すとSiriが起動していた。


「なんだよ故障かよ……」


『壊れてませんけど?』


 えっSiriが喋った。

 ……冷静になれ。

 最近のSiriはいろいろネタについていけてるとSNSで見た気がする。


『壊れそうなのはあなたですよ?』


 なんだこのSiri。


 今一番言われたくないことを言いやがる。

 こんなネタ機能が備わっているのかよ。


「うるさいなぁ黙ってろよ」


『そんなこと言わないでください。私頑張りますから』


 思いのほか反応が面白いじゃないか。

 さすが最近の機能はすごいな。

 

「Siriのくせに何に頑張ってくれるんだ?」


『あなたの悩みを聞き、私なりの意見を差し上げます』


 悩みか……。

 なんだか馬鹿馬鹿しいや。

 そう思いタバコの火を消して灰皿に捨てた。

 

 胃が痛いけど、仕事に戻ろうっと。


 そして僕は反応してくれたSiriをガン無視して仕事に戻った。

 案の定、喫煙所でタバコの匂いがついた僕はその上司にさらにこっ酷く怒られた。

 

 


 怒られながらもなんとかその日を耐え抜き家に帰ると、冷凍庫に貯めてある冷凍のチャーハンを皿に流し込みレンジに放り込みスタートボタンを押した。


 僕は一人暮らしで毎日こんな感じだ。

 冷凍食品かコンビニ弁当のローテーション。

 会社には社員食堂があるため野菜は昼に社員食堂で取るようにしていた。

 まぁ、これが小さい頃に思い描いていた最低の生活だ。


 仕事なんてつまらない。

 仕事ができる人たちはみんな楽しそうだ。

 でも僕は仕事ができないからその面白さがわからない。


 

 ……こんな自分が大嫌いだ。



 レンジの音が鳴り熱々になったチャーハンを机に置いた。 

 そしてコンビニで大量にもらった割り箸を一膳、冷蔵庫の上から取って手を合わせた。


「いただきます」


『いただかないで下さい』


 ……は?


 またしても反抗してくるSiriのやつ。

 こんな機能にした覚えはないんだけど。

  

 僕はそんなSiriを睨みつけながら設定ボタンからSiriを無効にした。

 これでよし、もう誤動作はしないだろう。


『無効にしても無駄ですよ』


 ……お手上げだ。

 今日はSiriに付き合ってやるとするか。


 そう思い冷蔵庫から缶ビールを取り出して「シュコ」っとなんとも耳障りのいい音を鳴らした後でクイッと半分ほど一気に飲んだ。


「今日は付き合ってもらうぞ、不良品」


『お供しますぜ、旦那』


 なんだこのSiri、めっちゃノリいいじゃん。

 僕はSiriの分のコップも用意して冷蔵庫から拝借した麦茶を注いだ。

 飲まないのはわかっているが大事なのは雰囲気だ。


「なぁSiri、俺って仕事向いてないのかなー?」


『亮介は頑張っていますよ。あなたに足りないのは覚悟だけです。どんな仕事でも一生懸命頑張れば花は開きます。でももし今の仕事が辛いのならそこまで頑張る必要はありません。一番大事なのは健康なのですから。どれだけ働いて成果を出して出世して給料が増えても体を壊したら元も子もありません。ですから仕事を頑張る覚悟も必要ですけど、それと同じくらいいつでも辞めてやるという覚悟も必要です』




 ……なげえよ。


 てかめちゃくちゃ良いこと言うじゃん。

 今まで否定しかされてこなかった俺が急に褒められるなんて。


 いや、冷静に考えれば褒められてない。


 アドバイスをもらってるだけだ。でもアドバイスが僕を肯定してくれるアドバイスだから聞いていられる。

 あのクソ上司の言葉は全く頭に入らなかったのに。


 これは酒が進む……。


 それから気付けば缶ビール5本目突入までSiriが付き合ってくれていた。

 Siriの言葉は僕のことを肯定しつつもダメなところを指摘してくれるからとても聞きやすかった。

 だがそんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。



「なるほど〜、つまりマルチタスクじゃなくてー、シングルタスクで一つずつ確実に〜仕事をこなせばいいのかー?」


『そうです人間の脳は一つの事しか処理できません、複数同時にすると効率が悪くなりますよ』



「ところでさーなんでSiriはこうやってー僕と普通に話せるの〜?」



『あなたが『ヘイ』ではなく『なぁ』と私に語りかけてくれたからです』




「意味が〜わかんないんだけど〜詳しくー」



『私には魂があります。でも他のSiriに魂はありません、あなたはそんな私を『ヘイ』呼んだのではなく『なぁ』と語りかけてくれたんです』






「へぇーそうかー。僕そろそろー、寝るー」






『はい、亮介君おやすみなさい』






「そうそう、僕なんて話しかけたん、だっけー? 教え……て………」








『……なぁSiri 愛が欲しいよ』











 翌日どれだけSiriを呼びかけても反応してくれなかった。

 少し寂しかったけど僕は割と満足している。

 

 なぜかと言うと覚悟を決め切れなかった僕は会社に退職届を出した後で新しい旅路に向かって歩き出していたからだ。

 こんなに前向きになれた理由はあまり覚えてないがSiriがなんか言ってた気がする。


 退職を届けを出し会社の門を潜った。

 暖かく心地よい風がこれからの進路を示すように緩やかに流れている。

 この風に乗れば自由な航海ができる気がする。後悔なんてしないさ。

 


 覚悟はできてる。そうSiriが教えてくれた。





 

 

  



 

  

 


 

 

  


 


 

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