第10話 次が私であるならば
辞めた人間を肴に、笑いあっている
彼女たちは未だに、新井の話題を出して嘲笑している。
そんなに嫌なら、忘れてしまえばいいものを、結局この先も【新井】や【林田】に捕らわれて生きていくのだろう。哀れなものだ。
大体、それだけ雑談する暇があるのなら、人なんていらないだろうと正直思う。
最低人数で言えば、この規模ならば2.5人いれば回せるはずなのだ。
なのに、人がいない、休憩が取れないと
これはもう、経営陣が現場を知らなさすぎるので仕方がないが。
何故互いの悪口をいってるのかって、それは悪口をいうだけの時間があるからだ。
何故、何もしないといわれる人間がでてきてしまうのかって、それは誰かが何もしなくても、どうとでもなるほど時間的に余裕があるからだ。
だから、粗を探し始める。
暇だから、誰かを玩具にしたくなる。
自分は玩具になりたくないから、
さて、
当然、
毎日必死で言葉を選び、
「佐倉さんは何も悪い事はしてないと思います。」
「おかしかったのは林田の方ですよ」
「むしろ。林田は佐倉さんに感謝すべきじゃないですか?」
「ずっと働き詰めですけど、休まなくて大丈夫ですか?」
媚びへつらう小早川と阿部、けれど、私はもう、どうでもよかった。
何故なら、次が私であることは明確だったから・・・。
***
「おはようございます。」
私は調理場のドアを開くと同時に、その場の全員に聞こえるように声をかけた。
「あ、おはよう間野さん。」
「おはようございます。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・(ペコリ)」
今日も、
成程、彼女の機嫌は悪いみたいだ。
けれど、
『じゃぁ、今日は極力言葉を発さず、邪魔にならないように動いて、パートさんのヘルプに入りながら隙を見て事務仕事をしようかな。少しくらいなら佐倉さんの周りを歩いていても大丈夫でしょう。』
皆の反応から、自分の一日の役を割り出す。
それが朝一番の私の仕事。
林田の代わりに、パート職員、
40代後半には見えない、可愛らしく素直な女性だ。
元OLだったという古池は、仕事の上下関係を大切にし、つまらない事でも逐一女王に報連相をするため、
ありがたいようでその実、言葉すら発せずに存在を消して過ごしたい私にとっては悩みの種でもあったが、表裏のない古池の言葉はいい事も悪い事も正直で、疑心暗鬼になっていた心には優しかった。
「お先に失礼します・・・」
「また明日―。お疲れさま。」
「・・・お疲れ様」
「・・・(コクリ)」
「・・・・・・・・・。」
一日の仕事を終え、時短勤務をしている私は皆より一足早く上がった。
相変わらず会話はないが、今日は陰口はなかったし、ヒステリックな攻撃もなかった。
比較的平和な日だったなと振り返りながら駅へと向かう。
16時、主婦たちが大きな袋を抱えて足早に帰路につくのを、反対方向に歩いていると、ふと見知った顔を見かけて思わず声をかけてしまった。
「林田さん!?」
「あら、間野さん。久しぶりねぇ。今帰りなの?」
辞めた職場の人間なんかと関わりたくもないだろうに、声をかけてしまったことに一瞬後悔したが、林田はそんな私の考えを吹き飛ばすように笑ってくれた。
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