第9話 解決の場という実績

 「皆で腹を割った話し合いをしましょう!」


 ある日突然、調理場の職員が、園長によって集められた。

 新井の件から、いや私たちがくるずっと前から、下手な介入を続けてはなにも解決できなかった園長。

 調理場の空気が最悪であることは、経営陣も周知の事実であり、パワハラなどが取りざたされている昨今、いよいよ無視できなくなってきたらしい。


「佐倉さんと、現場を働きやすくするために考えてこの場を作ったの。だから、みんな遠慮せずに話てください。じゃないと、現場をよくしようって思った佐倉さんの意図にも反してしまうから。調理場がギスギスしていることは、もう、周知の事実ですから、隠すことはないですし、園長(私)と主任が同席していますから、ここでの話が不利益になるようなことはないと約束します。」


 そう説明する園長に頷いて、佐倉女王がご機嫌に口を開く。


「私はね、皆と仲良くしたいと思ってる! 仕事だから、厳しい事言わなきゃいけないこともあるし、口調きつくなっちゃうこともあるけど、それはだって仕事だもん。必要な事なんだから、仕方ない部分ってある。でも、それ以外の所ではさ、やっぱり仲良くしたいじゃん。だって、せっかく出来た仲間だし。仲違いしてたら美味しい給食なんて作れないよ。

 悪口とか無視とか、そういう話もあるけどさ、受け取り方次第ってこともあるし、集中してれば周りの声聞き逃しちゃうことだってあるじゃない? 行き違いってあると思う。

 だから、みんなは、どう思ってるのか聞かせてほしいの。・・・じゃぁ、間野ちゃんから。」


 最悪なことに、饒舌に予防線を張りまくってからのバトンパス。

 私の言葉次第で、この話し合いの方向性は変わっていくだろう。

 とはいえ、佐倉女王が園長を味方につけている以上、こんなものは出来レースでしかない。

 経営陣だって、結局そういう場を作ったという実績が欲しいだけなのだ。


 みんなの視線が集まる中、私は静かに口を開いた。


「空気の悪さは感じます。おかげで円滑に物事が運んでいないなと感じることも。リーダーという存在があり、上下関係が明確化されているのですから、分からなければそれがどんな些細なことであれ佐倉さんに聞けばいいと思うし、聞かれたら私も分かる範囲でならお答え出来たらと思いますし、私も分からなければ佐倉さんに聞きますし。そうしていけばいいとは思いますが、現状そういった人間関係の構築ができていない為、不便さは感じます。」


 大した内容もない私の答えを、園長と佐倉女王は大きくうなずいて聞いてくれる。

 この時点で、程度の低さが伺える。

 続く小早川も、私の意見に同調し、ただ彼女は最後に。


「でも、余裕がないと私も怒りっぽくなっちゃうし・・・空気悪くしている要因は自分にもあるかなって反省です。」


 と、自分を下げた。これには園長も大絶賛。


「仕事を一生懸命やってる証拠! そう思えるって素晴らしいのよ。人に当たるのはよく無いけれど、抑えすぎるのもよく無いから。適度に発散してね。じゃぁ、次は阿部さん。どう?」

「・・・私は、長く働いていますけれど資格もないですし、思い込みでやってしまっている事も多いので、間違っていることがあったら言っていただけたら。若い子たちのエネルギーの中で若返ったつもりで働かせてもらっていますから、不満はないですよ。」


 なるほど。

 そういえば、阿部の場合は「あれはああじゃない!」「なんでいつも変なことするんだろう・・・」が佐倉女王の機嫌を損ねるきっかけだった。

「自分は思い込みをしてしまう」と予防線を張る事で、以降の飛び火を防ぐ作戦の様だ。


 さて、残るは林田だけ。


「佐倉さんが、突然攻撃的な口調になったことで、最初は驚いたんです。今までは普通に接していましたから、私何かしたかしら? って。」


 林田は新井のように大人しく去っていくタイプではない。

 佐倉女王の最初の言葉を思うに、無視や陰口の相談をしていたのだろうに、園長は佐倉女王の味方。

 それでも、戦うことを辞めるという選択肢は、彼女の中にないらしい。

 冷静に、言い聞かせるように丁寧に、自分に起こったことを話していこうとする。

 けれど、林田が言葉を切ると同時に、佐倉女王が口を挟んだ。


「そんなことないですよ! 私だって普通です。ただ、最近林田さん、自分の殻にこもりがちっていうか、身体縮めて洗い物とかするじゃないですか。私の方こそ、私何かしたかな?って罪悪感ありましたよ? なんだ、違うなら良かった。」

「・・・。」


 違うなんて言っていないのに、勝手に話を終わらせる佐倉女王

 それでも林田は食らいつく。


「佐倉さん、無視しますよね?」

「だからしてないですって。そんな低俗な事。多分、何かやってる最中とかじゃないですか? 聞かれればちゃんと答えますよね、私? 小早川ちゃん。私、色々聞かれるけど、無視したことある?」

「そうですね・・・私は、されたと感じたことはありません。」

「ほら。でも、分かりました。私にも悪いところがあったかもしれませんから、林田さんの声、しっかり聴こうと思います。嫌な思いさせてごめんね。」


 とても軽い「ごめん」

「あなたの為に私が折れてさしあげますよ」という、高圧的なごめん。

 それに園長も主任も、頷いて「解決してよかった」というムードが漂っているのだから、乾いた笑いも出ない。


「今回の事は、コミュニケーション不足からくるもの。都度解決って大切だから、何でも後回しにしないですぐ話し合うといいよ。」


 とは主任のありがたいお言葉。


「皆が言いたいことを言い合えるのってなかなかないけど、こじれちゃったら、佐倉さんに言えば、彼女は本当にみんなの事を思っている良きリーダーなので、相談してみてくださいね。それでも無理だったら、こうやってまた皆で話し合っていきましょう。私たちはチームですからね。相手に対する思いやりを持って、仕事をしてください。」


 とは園長のありがたいお言葉。


 こうして、何の解決もしないままに、この件は収束したことになった。

 その一週間後、林田は仕事を辞めていった。

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