第8話 新たなターゲット

 「林田さんってさ、人の仕事取りすぎじゃない? 小早川ちゃんがやってんのに割り込んでるじゃん! 困ってるの分からないのかね?」


 それが、始まりの一言。

 佐倉女王はいつだって他人の為に怒る。

 そしてその一言は、本人抜きで行われる。

 今からあいつがターゲットだから、と皆に教え込むように。


「そうですね。私もやってると、ここは私がやるわって言われることあります。」


 すぐさま阿部が同調する。

 同年代で仲良くやってきている様子だったのに、そうやってすぐ切って佐倉女王に従える所は、この調理場で生き抜いてきただけの事はある。


『そういえば、私もこうやって、あのリーダー決めの日に売られたな』


逞しい限りだ。


「林田さんのところが終わっていればいいんですけど、まだ洗い物残っているのに口出してくるのがちょっと・・・。私に任せて貰ってもいいかなって思っちゃったりしますね。」


 控えめに、「いいけど駄目」と歯切れのわるい小早川のつげ口は、いつかの自分を見ているようだった。

 

 私は何も言わずにその光景を眺めていた。

 復帰してすぐだったから、「小早川さんと林田さんの関係性はわかりません」と、いうスタンスを決め込むことで、争いに加わることを回避した。


「だよね!! 私ちょっと言ってくる!」


 私の意見などなくとも、4人中3人の意見は、林田を敵とした。

事実でなくとも、佐倉女王の中ではそれは真実。

佐倉女王は意気揚々と「皆のために」林田を攻め始める。


「だから、何回も言っているけど、そこは小早川ちゃんがやるから、林田さんは手を出さないで!!」

「でも、今は手があいてるんです、洗い物もないですし、食材も切り終わって。」

「だったら仕事探してくださいよ! 皆仕事してます。してないの林田さんだけなんですから。」

「だから、私が食器を並べるから、調理などもできる小早川さんには調理に回ってもらおうと・・・」

「何でそんなこと林田さんが決めるんですか!? リーダーは私なんですよ? 私が、小早川さんに食器並べをお願いしたんです。」

「じゃぁ、私は何を・・・?」

「だから、自分で考えてくださいよ!! 洗い物だってなんだってあるでしょ!!」

「・・・・・・・・・すみません。」


 不毛な言い争い。

 林田は仕事が出来る。

そしてセーブが出来ない。

常にマンパワーで仕事をしてしまうから、自分の仕事がさっさと終わってしまうのだ。

かといって、佐倉女王は仕事を振ったりしない。理由は、任せられる仕事がないんだとか。

洗い物などとっくに片づいていて、シンクすらぴかぴかに磨かれている状況。

そんな持ち場に、泣く泣く戻った林田に、私は今し方無理に空けた小鍋を少し焦がして差し出した。

 それを受け取って、クレンザーで丁寧に焦げを落とし始める林田。

 その背中には、ベテラン調理員として大きく見えた初期の頃の面影はなかった。


「皆は一生懸命仕事してるのに、林田さんは―――っ!!」


 佐倉女王の叱咤は週に1回程度。


「これだから老人は・・・ほんと困る。忘れっぽいし。やめてって言ってるのに、やめないってなんなの? 私も何度も言いたくないんだよ本当は!!!」

「そうですね。言う方が疲れますよね・・・リーダーって大変ですね。」


聞こえるように言う悪口に、私が「聞こえますよ・・・?」と言っても

「大丈夫、耳遠いから」とさらに悪口を重ねる始末。


小早川と阿部を従えて、無視をするのはもうおきまりのパターンで。

私はまた、調理場で息をすることができなくなっていた。

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