第7話 女王の側近

「はい、なのでまだ休ませてください。」

「そう、待っているからね!!」


 職場から離れ、私は自由に息が出来るようになっていた。

けれど、同時に社会から切り離された不安感が強く襲っていた。


 うつ病で仕事を辞めたなら、次の仕事は見つかるのだろうか?

 私はもう、どこでも働けないのではないだろうか?


 就職氷河期といわれる新卒時代、何度も面接で落ちた経験から、私は次へいく決心ができないまま、けれど職場に戻ることもできず、ずるずると休養期間をのばしていた。

 

 新年度を迎えた調理場には、新しいパート職員が増えたらしい。

 代わりに新井は移動になったそうだ。

 おなじ法人の保育園で、調理場は怖いからと保育補助の仕事をしているのだという。


「保育園で働いていたら、保育に興味出てきちゃったんだよね。保育士の資格取ってみようかなぁ・・・」


 なんて、以前新井が言っていた事を思い出す。

私が佐倉女王と一緒に陰口を言うようになっても、2人でいるときは普通に接してくれた新井。人柄がよいからきっと、子どもに人気の先生になれるだろう。

殺伐とした調理場で、時間に追われて汗水たらすよりずっと、新井には保育士の姿が似合っている気がする。

本人の気持ちは、知らないけれど。


新井の目に、私はどう映っていたんだろうか。

 佐倉女王と共に苛めた加害者のくせに、被害者面して病気を言い訳にして逃げた私を、新井は許さないかもしれない。


 入職した時、新井した色々な話を覚えている。

 確かに仕事は出来ない人だったけれど、人のことを攻撃しない、おおらかな雰囲気の優しい人だった。


 私が言えた事ではないけれど、新井が悪夢から覚め、次に進めて居ることには、なんだか心底安心したのだった。



***



私は半年の療養を得て職場に復帰した。

 

「新しい人が入って、今いい感じよ!」

「間野さんの働きやすい時間で少しずつでいいから働きましょう!」


 そんな園長たちの言葉を信用したわけではなかったが、精神疾患というものに後ろめたさを感じていた私には、転職する勇気がやはりでなかった。


 新井が去って、新しく入ったパート職員、小早川優菜こばやかわゆなは、佐倉女王の大のお気に入り。

私よりも2つ年下らしいのだが、私よりもしっかりしていて、凄く仕事ができる人だった。


「言いたいことを1言うと10理解してくれるの! 何でもやってくれるし、最高!!」


そう彼女を評価する佐倉女王はご機嫌で、常に小早川を隣に置いて、様々な仕事振っていた。

その様子はあからさまで、一応、正規職員である私よりも、小早川のほうが仕事をしている程。


「間野は信頼してないから!」


という空気を前のめりに出してくる佐倉女王を前に、林田と阿部が「あなたそれでいいの?」と、同情の目を向けてくれていたけれど、私は言いたくもない悪口を言って、女王のご機嫌取りをしなくていいので、正直気が楽だった。


「休んでいて、よく分からないので教えてください。」


と、下手に出ていれば、佐倉女王は「私がいないと何にも出来ないんだから!」と上機嫌で教えてくれたし、私がパート小早川に聞かなければならないという状況が気に入ったのか、それは楽しそうに見下していた。


 今更そんなプライドもないのだけれど、仕事をしている以上、許せない事は勿論あった。だけど我慢できる範囲だったから、私はこの見せかけの平和にすがりつくように調理場に通った。


『大丈夫、私はちゃんと働けている。』


 たぶん、うつ病であることをまだ、受け止め切れていなかったんだと思う。

 私は大丈夫なのだと信じていたかった。


けれど、そんな私の気持ちなど知らないまま、仮初めの平和はまた悪夢へと変わっていく。


 佐倉女王が、次のターゲットを決めたのだ。

 それは私ではなく、林田澄子だった。

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