第6話 そして鬱になる

 2ヶ月交代で行われる、自身へのいじめとと、新井へのいじめ強要。


「本当に仕事できないよね!」

「そうですね。あの人、時間あるのに何してるんでしょうね?」

「何にもしてないんでしょ。だって、仕事出来ないから」

「ですね。あれが噂の発達障害なんですかね?」

「確かに、なんか病的だよね。」

 

 気づけば私も、佐倉女王に乗っかって、率先して悪口を言うようになっていた。

 そうしていれば、その矛先は私にくることはなかったから。

 そんな自分が許せなくて、だけどそんな自分を止めることもできなかった。

 私は佐倉女王の忠実なしもべだった。


 無理難題な仕事量を押し付けられても、「できますよ」の一つ返事で引き受け、寝る間も惜しんで仕事に明け暮れた。

 だって、新井の姿は、明日は我が身。

 一日でもいい、半日でも、一時間でも長く、佐倉女王の機嫌をとり続けなければ、何のきっかけでソレが覆るのかわからない。

 

 全ては佐倉女王の機嫌しだいだ。

 


 私は次第に職場が怖くなり、最寄りの駅で涙が止まらなくなったり、電車で呼吸が苦しくなるようになってしまい、心療内科を受診することになった。




 ***



 診断はうつ病。


「仕事に行きたくなければ、今日からだって診断書は書いてあげられる。だからきちんと休みなさい。あなたの身体は今、休むことが必要です。お金が心配なら、今はいろいろな制度もあるから。」


 先生にそういわれて、身体の震えが止まらなかった。


 翌日から毎日、診断書を持って出勤した。


『今日は大丈夫かな? 今ならどうだろう・・・』


 佐倉女王の機嫌がよさそうな時を、今か今かと見計らって、「今しかない!」と決めたある日の午後、私は思い切って佐倉女王に声をかけた。


「あの、佐倉さん。」

「ん? どうしたの? また新井に何かされた~?」

「いえ、そうじゃなくてあの・・・これ、何ですけど。ドクターストップがかかっちゃって・・・」


 広げた診断書。

「うつ病」の文字に、佐倉女王の口角があからさまに上がった。

 彼女の中で、私が[格下]にと位置づけられたのだと思う。

 

「そーなんだぁ。そうだよねぇ。こんな職場じゃ、嫌になっちゃうよね。大変だね~。」


 お得意の、甘い猫なで声で気遣ってくれる佐倉女王


「そうですね、とりあえず今日は来られましたが、ちょっと今、ここで働くの難しいかなとも思っていて・・・」

「わかるよ! 私だってそうだもん。新井見てると吐き気するし。間野ちゃんは被害者だね。で? 辞めちゃうの?」

「とりあえず、それは追々で、明日からお休みに入らせていただくつもりで、園長とも話をしようと思うのですが。」

「明日!? 急すぎっ! ふつうそれって迷惑かけるってわかんない? あ、でも病気なら仕方ないかぁ。じゃぁ、今日中に引継と、頼んでいる分の仕事終わらせて渡してね。」

「はい・・・。ご迷惑おかけします。」


 自分が元凶なんだとは、夢にも思っていない佐倉女王

 こうまでしても、はっきり言えない自分自身もどうかと思うけれど。


 結局この日、私を心配する言葉が佐倉女王の口から出ることはなかった。


 自分の常識を押し付けて人を見下し、マウンティングを取り続ける佐倉女王は、ご機嫌にパソコンに向かう。

 今しがた今日までにやれと言った大量の仕事は、そのパソコンが無ければ、本来は出来ないものだと知っての事だろう。


 私は、佐倉女王に頼まれた通りの仕事をその日のうちに全てまとめ上げ、丁寧にファイリングしてその日の夕方に手渡した。

 当日中に出来る仕事量ではなかった事に加え、ずっとパソコンを占領して、私に触る隙すら与えなかった女王は心底驚いていたけれど、普段の私は、佐倉女王が見せつけて来る力量を超えないようにセーブして、作業配分をかなり緩くしている。

その傍らで、着々と休むための準備を進めていたのだ。

 加えて、しばらく女王と顔を合わせることがないと決まった私は、怖いものなし。

 その日は最大限のパフォーマンス力を惜しみなく発揮したため、幼稚な意地悪は痛くも痒くもなかった。


 手渡しされた書類を不備がないか確認する佐倉女王はどこか悔しそうで、その顔に、


「本気出せば私はあなたよりずっとできるんですよ。」


 と、心の中でつぶやいてやった。


 今までさんざん取られてきたマウントを取り返した気がして、心が一瞬スッとしたが、同時になんだかむなしさも感じる。


『こんなものの為に、私も新井さんも、佐倉女王の機嫌に一喜一憂して振り回されているんだな。』


 なんてくだらないんだろう。

 そう思いながら、私は新井や林田、阿部に挨拶して長期休暇に入ったのだった。

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