第5話 マウンティング

阿部の忠告通り、その数日後、無視が始まった。


「おはようございます。」

「・・・・・・・・・」


明らかに目の前で言っているのに、佐倉女王はそれを無視して足早に去っていく。


なるほど、知らなければ『私何かしたかな?』と落ち込むレベルだ。


「おはよう間野さん。どうしたの?」

「あ、新井さん。おはようございます。・・・佐倉さん、忙しいみたいで挨拶しそびれちゃいました。」

「あぁ、そういうこともあるよー。・・・でも、なんか、佐倉さんちょっと間野さんの事誤解してるかも。間野さんも、リーダーなんて急にやらされて困ってるのにね。っていうか、私パソコンも出来ないし、仕事手伝えなくてごめんねー。」

「あはは・・・大丈夫です。」


 相も変わらず呑気だなぁ。と呆れてしまう。

ただ、そんな新井の鈍感さに救われる思いもあった。

一緒にいじめてきたらどうしようかと思ったけれど、新井の様子は、その後も特に変わることはなかった。




***




「新井さんって、なんかちょっとずれてない?」


 それは、久しぶりの佐倉女王からの言葉だった。

私は一瞬何を言われたのか分からなくて、瞬きを2回した。


「私、同年代なんだけど、会話が通じなくて困っているの。間野ちゃんは、新井さんと仲いいじゃない? 何話してるの?」

「特別何も。聞かれたことを答える程度ですけど。パソコン作業も少しずつやってみたいそうなので。」

「えー? そうなんだ。 でもさ、新井さんって仕事のミス多くない?」

「はぁ・・・。確かに、新井さんの発注計算、結構間違ってますね。」

「そうだよね!! 計算ひとつできないってヤバくない? ただの割り算だよ? 私ならあんな間違い方しないけどなぁ。」

「・・・。」

「ってかさ、それをフォローする人間の身にもなって欲しいと思わない? 私、園長から二重チェックするように頼まれちゃったんだけどー!! 間野ちゃんリーダーでしょ? 大変だけど、見てあげてね。」

「あ、はい。分かりました・・・」

「はぁ、ホント、仕事が出来ない人って嫌だよねぇ。何しに来てるんだろう? 仕事、出来ないなら。私なら無理だなぁ、そんな職場で働くの。」


 言いながら、ケタケタ笑う佐倉女王


 その奥に、新井の姿がチラリと見えた。

変に言葉を強調したと思ったら、どうやらわざと聞こえるように話したらしい。

 それは話に聞いていた以上に、陰湿なやり方だった。

 きっと、これで新井は、私が佐倉女王の傘下に入ったと思うだろう。


阿部は言っていた。

「ターゲットにされなかったとしても、人間不信になるわよ。」と。

その意味が、ようやく分かった気がした。



その日から、ターゲットは私から新井に変わった。

おそらく、私に対する嫌がらせに、新井が乗らなかったことも原因なのだろう。

新井がそうしてくれたように、私も佐倉女王の手下に成り下がることはなかった。

するとある時を境に、またターゲットが変わる。


「最近、佐倉さんどう?」

「機嫌よさそうだよ。でも、わかんないなぁ・・・なんかお子さんの具合が悪くなりそうって言ってたから。」


私と新井は、佐倉女王の居ない場所で、彼女の報告をしあう仲になった。



「新井さん、煮物荷崩れしちゃってボロボロだよ・・・新井さんって料理下手だよね。私が作ればよかったなぁ。料理できないのになんで調理場に就職したの? このくらいちゃんとやってくれないと困るよ。」

「間野ちゃん。結婚は? 子どもは? やっぱり、保育園で働くなら子ども育てないと。だから、間野ちゃんの離乳食は血が通ってないのかなぁ・・・。うちは、手作り品しか食べなくってさ、困るよね。仕事でも家でも、こんなのばっかり作ってる。」

「林田さんは、もう少し優しい言い方とかできないんですか? 昔は良かったかもしれませんけど、今はそういうのもパワハラになりますからね。時代が違うんです。」

「阿部さーん、何年働いてるんですかー? それはこっちの棚にしまってください。あー、もう、これだから怖くて何も任せられないんですよ!?」


相変わらず、佐倉女王のマウンティングは続いていた。

 私は人より偉い! 私は人より凄い! 私は皆の為に考えられるやさしい人!!

と、本気で思い込んでいるらしい。

少なくとも、人を下げる要因を探し出す才能は人一倍たけていると言っていいだろう。

幸せな人だ。

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