第3話 リーダー職

「佐倉さんは、まだお子さんが小さいでしょ? だから、調理室のリーダーは、間野さんがいいと思うの。」


 佐倉が職場復帰してかしばらく、

 【今年度の調理場リーダーについて】という議題が、調理会議であがった。

 というのも、年度の初めに佐倉が不在だったため、その留守を預かる形で仕方なく、私が仮のリーダーになっている状況だったのだ。

 もちろん、そんなものは荷が重いだけなので、佐倉にやってもらう予定だったのだが、

 阿部が突然そんなことを言い出した。


「いやいや、無理ですよ。私は佐倉さんにお願いしたいです。」

「じゃぁ、多数決で行こうか。間野さんじゃ嫌な人? おぃ、いない、じゃぁ、いいんじゃない? 一番現場を知っている年長者の推薦だし。」


 どんな多数決だよ!?

 と、突っ込みたいくらいいい加減に、園長が決める。


「いや・・・え・・・無理です。」

「皆の総意だから。」


 園長の顔には【面倒】の2文字が張り付いていた。


 佐倉は「私は復帰した身ですから、何でもいいですよ~。皆が働きやすいのが良いと思います!」と言ってはいたが、明らかに目が据わっていた。


 そもそも、佐倉の居ない間を埋めるために居たのだから、私はもうお役御免でいいはずだ。

 それでも、正職員として雇ってもらい、一応職場として落ち着いていたから残っただけで、リーダー職になど着くつもりは毛頭なかったし、佐倉にやってほしかったのだ。


 

「じゃ・・・名前だけ貸すという事で、皆で決めましょう。私には荷が重すぎますから・・・」


 その場の空気に、NOを貫き通すことはできず、理不尽にリーダー職を押し付けられることになった。

 佐倉はやはり納得してはいないのか何か問題があると、私など通り越して園長に相談していて、私はたびたび園長に呼び出されては「しっかりしてくれ」と怒られていた。


 しかし、「しっかりして」と言われても、私はA保育園のやり方を知らないのだ。

 私の仕事は、全てパート職員である林田と阿部から教えてもらったもので、正確ではない事は理解していた。

 だからもちろん、私は佐倉に色々な事を聞いた。だけど返って来る返事はいつもこう。


「決まったやり方なんてないよー。」

「私もそんなに分かっているわけじゃないからさ、聞かれても困るかな。」

「間野ちゃんが出来るんだからそれでいいんじゃない?」


 佐倉は明確な答えを示してはくれなかったのである。


 仕方なしに、林田や阿部、新井にも相談し、試行錯誤で物事を決めていく。

 それで、何とかなる時はいいのだが、何とかならずに保育の現場からクレームが入ることもあって、そんなとき、佐倉はいつも困った顔をしてこういうのだ。


「私は、最近ちょっと味が濃いかなって思ってました。」

「私は、危ないなって前から思ってて、何か起こるかもって感じてました。」

「私は、駄目だって知っていましたよ。」


 園長や主任は、それを聞いて、何故佐倉の意見を聞かないのかと怒り始める。

 私は意見を聞いているにもかかわらず、勝手にやらずに、皆に相談しなさいと何度も何度も言われる。」

 佐倉はそんな様子を面白がっていた。


 事が起こった後に「思ってた」と他人事で済ませられる佐倉も怖かったが、

【「やっているつもり」はやった事にはならない】という事を、理解していない園長や主任が、私はとても怖かった。


「そういうことは、気づいた時に教えてくださるとありがたいです佐倉さん。」

「えー、普通に考えて分かるかなって。だから、私は間野さんに何か意図があるんだと思ってました。そっかぁ、間野さんは気づいてなかったんですねぇ。」


 言うまでもなく、私と佐倉の関係は最悪だった。


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