第2話 私の仕事場

A保育園の調理場には、産休代替えの栄養士が1人、50代のパート職員が2人。

そこに私は、何故か正規職員の栄養士として加わることになった。


聞けば、産休代替で入った栄養士は免許を取り立ての新卒で、栄養士業務も調理作業も出来ないのだという。

元居たパート職員が意気揚々と現場を仕切り、栄養士業務に至っては、PCが上手いという理由だけで、栄養士でも何でもない保育主任が行っている始末。

 産休代替えの栄養士は、毎日パート職員にしごかれて事務作業どころではなかったのだ。


「ねぇ間野さん、これわかる?」

「あ、はい。こうですね。」

「間野さん、これって出来る?」

「あ、やりますか?」

「これは、栄養士がやらないと駄目な奴?」

「そうですね。やったことあるので私がやってみましょうか? チェックだけお願いします。」


必然的に、事務作業を私がするようになるのに、そう時間はかからなかった。

そんな現状に嫌気がさしたのか、「思っていたのと違った!」と、産休代替の栄養士はさっさと辞めていった。

私が入職して6日目の事だったと思う。

多分彼女は、調理よりも事務作業がしたかったのだろう。

教えて上げられれば良かったけれど、私も後からやってきた身、彼女に教えてあげられることなど何もなかった。



その翌週、産休代替ではなく、正規職員として栄養士が一人採用された。

彼女の名前は新井久美あらいくみ。40代のおっとりした女性だった。


新井は、病院での経験はあったが保育所勤務は初めてで、勝手が分からないと言う。

仕事を分担しようとすると、


「私、パソコン使えないから、間野さんがやってー!」


と、堂々と言ので、カチンと来ることもあったが、数週間遅れの同期という事もあり、それなりに親しくしていた。


「今日も林田さんに怒られちゃったよ。順番が違うって・・・」

「林田さんって、調理の順番厳しいですよね。根菜が先で葉物が後、とかは分かるんですけど、玉ねぎと人参はぶっちゃけどっちを先に炒めてもいいと思うんですよ。むしろ、あんなのほぼ同時じゃないですか?」

「私もそう思うーっ。毎日違う献立作っているのに、一々これは玉ねぎが先で、とか人参が先で、とか、覚えてられない!! っていうか、忙しいのにそんな、私の作業見ててくれなくていいから食器並べして!! って思っちゃうよ。間野さんはいいよね。その辺信頼されているっていうか。」

「新井さんが保育所初めてて聞いて、気合入ってるんですよ。私も来てすぐの時は横にピッタリついてくれてましたから、そのうち居なくなりますよ。」

「だといいんだけど・・・。」


パート職員の林田澄子はやしだすみこは、栄養士免許と調理師免許の両方を持ちA保育園での経歴は浅いが、それまでは色々な保育園で長年給食を作ってきた大ベテラン。

「若い人たちには私が教えなくては!!」という使命感の元、新人である私たちに事細かい指導をしてくれていた。


もう一人のパート職員は阿部彩子あべあやこ

正直何を考えているのかよく分からない「疲れたわね」が口癖の自由奔放なおばさんだが、10年以上A保育園で働いている一番の年配者なので、少し変な事をしていても、誰も何も言えないでいる。

人柄自体は悪くないのだが、細かい作業が苦手でおおざっぱな為、さやの筋取りなどは、半分くらいの筋が残ったままなので困ることも多々あった。


そんな、個性的な集まりに、思うところがなかった訳ではないのだが、少しずつお互いを理解してからは大きなトラブルもなく、不平不満はあれど、仕事として割り切って保育園の給食を作った。


 勝手の違うその場所で、そうしてあくせくしているうちに、あっという間に1年がたち、いよいよ産休を取っていた栄養士、佐倉真理子さくらまりこの職場復帰が決まる。


『これで栄養士業務から外れることができる!』


私はそれが嬉しかった。


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