力ある言葉を唱えよ ~もういちど読み返したくなる物語~
東束 末木
力ある言葉を唱えよ ~もういちど読み返したくなる物語~
「キット アーネ ハヌア ヴィーダ」
唱え終わると同時に魔力弾が空を疾り、並んだ的のひとつを粉砕する。
「ふむ、これは当たりだな。なかなかの威力だ」
ここは王立魔力研究所の実験場。
第一研究室主任研究員のオルスは、ひとり魔力実験を行っていた。
昨夜降ってきた新しい「力ある言葉」を試すためだ。
「力ある言葉」とは何か・・・
すべての人間の体内に何やら良く分からないエネルギーが存在していることは、古くから知られていた。
誰しもが、自分の体内に蠢くエネルギーを感知していたためだ。
ただそのエネルギーは何なのか、何かの役に立つのか、それはずっと謎だった。
一つの転機となったのは、王立研究所の設立である。今から約30年前に当時の王によって作られた、様々な自然現象などを対象とした研究施設だ。
そこでは当然この謎のエネルギーも当然研究の対象とし、このエネルギーを専門とする研究室を設けた。
研究室ではまずこのエネルギーに名称を付けることから始めた。それが「魔力」である。そして研究室の名称を魔力研究室とし、正式発足となった。
それから研究室では、様々な方面・角度から調査と研究を進めていった。
未知のエネルギーであるためその範囲は広く、医療や自然科学はもちろん、各地の伝承やオカルトにも手を伸ばした。
そして数年後、一つの大きな発見がなされる。
それはある村で発見された謎の球体。
何やら見ていると不思議な高揚感が得られるとの噂を聞いた当時の研究員たちは、そこに魔力との関連を疑った。
そして早速その村から球体を買い上げ、研究を開始したのである。
その球体はスパエラと名付けられた。
スパエラの調査は数年に渡って行われたが、その
判明したことは、スパエラの近くにいると魔力の動きが活発になると言う事だけ。
そろそろ思いつく限りの研究や実験をやりつくし、この調査も終了かと誰もが思うようになった。
そんな時、研究は突然の進展を見せるのである。
それは偶然によるものだった。
ある研究員がたまたま深夜まで研究室に残ることになり、そろそろ帰ろうかという時にふとスパエラに目をやった際、不思議な声を聞いたのである。
「アック イルア メットゥ ルア ソック オクディ」
「シア イッシュ リオド エスイオ」
全く聞いたことのない音の羅列だったが、不思議と人の声として認識した。
そして一度しか聞かなかったにも関わらず不思議と脳裏に残り、聞いたままを研究ノートに書き残してから帰宅の途についたのである。
翌朝、その研究員は昨夜遭遇した不思議な現象を室長に報告し、その場で書き記した言葉を読み上げた。
その瞬間、研究員の体から光があふれ出す。
何事が起きたかと周囲の研究員たちが凝視するが、その研究員にも周囲にも特に変化は見られない。
そして研究員は自分の体が軽くなっていることに気付く。
深夜まで行った研究による寝不足と疲れが、きれいさっぱり消えていたのである。
最初は今の現象に驚いた一時的なものかとも思ったが、体が軽い状態はその瞬間だけではなく暫くの間続いた。
慢性的に疲労を抱える他の研究員たちは、それを見てその言葉を読み上げ、同様に自分自身に蓄積された疲労が抜けて体力が回復したことを確認した。
これが世界で認知された、最初の「力ある言葉」であった。
それから数年、いくつかの力ある言葉が発見された。
それら全ては、スパエラから得られたものだ。
深夜スパエラの前にいた者にのみ、その声は聞こえてきたのである。
ごく稀に聞こえるその声が、まるで天からの啓示のように感じられ、この現象は「言葉が降ってくる」と呼ばれるようになった。
それから約20年の年月が流れた。
これまでの成果が認められて、魔力研究室は王立研究所から独立し、王立魔力研究所として予算と設備が用意されるようになっていた。
スパエラはその発見された2個を合わせ計3個となり、それぞれを研究するチームはその後独立した研究室となる。
名称はシンプルに第一~第三研究室となった。そのあたりに何の頓着もないのが研究者という人種である。
「力ある言葉」の発見により、王立魔力研究所の目的も刷新された。
それは、1.今までに降ってきた力ある言葉を収集し、2.体系化すること、そして3.関連性と法則を見つけ出し、最終的には4.自分たちで言葉を作り出せるようにすることだ。
研究は各室にて競うように進められているが、その状況は常に共有されている。
今のところ、言葉の収集はある程度できているが、どの研究室も発現する現象からの言葉の類似性や関連性を発見できてない。
言葉自体の発音方法がこの世界のどの言語とも全く違うため、降ってきた通りの発音ができているかも怪しい。
しかも、似た現象を発現する言葉を比べても全く共通点が無かったりするのだ。
そのため解析は困難を極め、現在に至るまで有力な学説は発表されていない。
「魔力の塊が飛んで行くあたりは『ハドゥ イック エッテ マドゥ アーレ』と類似するか。その先は片や攻撃で片や照明、文節や単語には類似性なし」
独り言とともに記録ともメモともつかぬ内容をノートに書きつけていく。
「待てよ、この間発見された強化の言葉『クルイ ルインナ コトゥ オウカ』と組み合わせるとかなり強力な攻撃になるんじゃないか?」
解析だけでなく運用についても考察が始まる。
ただ強化の言葉はかなりの魔力量を消費するため今すぐの実験は無理と判断し、取り敢えずノートにToDoとして書き留めておくことにした。
「やあオルス、はかどってるかい?」
そう言って現れたのは、第二研究室の主任研究員であるシャーレイだ。
「シャーレイか。ちょうど昨夜降ってきた言葉を試していたところだ」
「ほほう。どんな感じだい?」
「今回のは攻撃的な言葉だった。第二に降ってくるもの程ではないがな」
第二研究室で発見された言葉は攻撃に関するものが多い。
一時的に剣の攻撃力と技量を強化する「マクヒ ヤーゥオ クット イック スーウ」、同じく弓や投石など遠隔攻撃の強化である「ネル アイ ウッツ ズゥエイ」、大量の魔力弾を浴びせる「タトゥ カィワ クァ ズーダ ヨワ ニーギ」等々・・・
「うちのは偏りすぎだよ。その割にバフ系も混じってるせいで発現する能力にアタリを付け難いし」
「ふむ、確かにそうだな。だが戦いに有用なものが多いのは間違いない」
「まあね。個人的にはもう少し遊びのある言葉も欲しいとこだけどね」
「第三のような、か?」
オルスの言葉に笑顔で応えるシャーレイ。
「玉石混交だけど面白いよね。まああそこまで極端じゃなくてもいいんだけど」
第三研究室のスパエラは最初に発見されたものであり、そこから降ってくる言葉による現象には一貫性がない。
初めて発見された力ある言葉である「アック イルア メットゥ ルア ソック オクディ シア イッシュ リオド エスイオ」は疲労と気力の回復、唱えた数だけ重ね掛けできる精神強化の「ニグ エト チア ダム エドア」、小規模で殺傷能力の低い雷を発生させる「オス イス オク イド アト チア」、暫くの間笑いが止まらなくなる「ワル アルエ ヴァイ イート オム オーイオ 」など。
第三に降ってきた言葉を脳裏に浮かべたオルスは、
「やはりクセは強いが有用なものが多いな」
「そのクセの強さってのがねぇ・・・マルティも『能力の確定に手間と時間がかかりすぎる』ってボヤいてたよ」
マルティは第三研究室の主任研究員である。
美しい容姿と竹を割ったような性格で男性研究員にファンが多く、また一部の女性研究員からは陰で「お姉さま」と慕われている。
「まあ、あのスパエラはチームの扱いが上手いマルティが適任だろう」
「そうだね、考えるだけで大変そうだ。さっきのはやっぱナシ」
先ほどのボヤキを撤回するシャーレイだったが、その数か月後に降ってくる「ワット アット シン イーモ テック イグァミ エイル」の能力確定に非常に苦労し、「あれフラグだったんだろうか?」と、このやり取りを思い出して後悔する事になる。
それから2年が経ったある日。
マルティは興奮した様子でオルスとシャーレイを呼び出した。
「オルス、シャーレイ、急にすまない。一つ大きな発見があった」
その言葉に思わず前のめりになる二人。
「その様子だとかなりの発見らしいな。ぜひ聞かせてくれ」
「ああ、ぜひ聞いてほしい」
そう前置きしてマルティは話し始める。
「今まで、我々は降ってきた言葉をできるだけ聞こえたまま正確に発音するようにしてきただろう」
「そうだね。実際少しゆっくりした感じの言葉だったし、できるだけ正確な再現を心掛けてきたよ」
「それなんだよ!実はうちの研究員が早口言葉と称して『力ある言葉』を早口で唱えたんだ」
「それは・・・不思議と試した事がなかったな。それでどうなったんだ?」
「効果が増した」
「何だと!」
「ただ、知っての通りうちの言葉は少々特殊だ。そこで二人の研究室の言葉でも試してもらいたい。言葉は公開されているからうちでも試してみたんだが、そこでは違いを感じなかった。直接その言葉を聞いて研究している二人なら違いがあるんじゃないかと思ってね」
「よし分かった早速やってみよう。場所は実験場でいいよね」
実験場に向かう3人。
「じゃあやってみるよ?まずはいつも通りに『スゥ ウェンク アンヌ アム イン ノブィ インフ オウ』」
尾を引く魔力弾が飛び的を粉砕する。
「次は早口で『スゥ ウェンク アンヌ アム イン ノブィ インフ オウ』」
先ほどと同じように尾を引く魔力弾が飛び、隣の的を粉砕した。
「違いあった?」
シャーレイは納得いかない感じでオルスに問いかける。
「いや、一度目と二度目に違いは見受けられない」
「だよね。マルティ、効果が増した時の早口はどんな感じだった?今のとどこか違った?」
マルティは自分の体験と先ほどのシャーレイとの違いを考えた。
「むう・・・・・・あ!文節!離さずに繋げて唱えてみてくれ」
「オッケー。『スゥウェンクアンヌアムインノブィインフオウ』」
その瞬間、明らかに先ほどよりも強い光を放つ魔力弾が飛んだ。
魔力弾は的を貫通し、背後の壁に穴を穿つ。
穴の周囲はどちらも焼け焦げ融解していた。
「うそ・・・」
明らかに増した威力に絶句するシャーレイ。
「ふむ、私もやってみよう。『キットアーネハヌアヴィーダ』」
ボンッ
的を貫通した魔力弾が、背後の壁に当たり爆発した。
「明らかに違うな」
「やっぱりうちだけの現象じゃなかったんだ・・・」
「すごいな。こんな違いが出るとは思わなかった。どういうことだろう?」
3人は考察する。そして出した仮説が・・・
・降ってくる言葉は本来よりも遅く途切れた状態のものである
・早口により途切れた状態が解消され本来の言葉に近づいた
・ならば間延びした感じを解消することで更に本来の言葉に近づくのではないか
この仮説は正しかった。
間延びしたように聞こえる箇所の子音と母音の最適な組み合わせを推測、一音ずつ噛んで含むような発音で唱えることにより、効果は劇的に向上したのである。
この発見により3人の名声は不動のものとなり、力ある言葉の研究は更なる発展を遂げるのであった。
最も、言葉の意味そのものは全く不明なままで、今のところ全く違う文明の言語というのが有力な説である。
そして研究はこれからも続く。
力ある言葉はきっとこれからも降り続けるだろう。
そして力ある言葉は人生を、そして世界を変えるだろう。
さあ、「チック アルア アルク オット ヴァオト ナ エイオ(力ある言葉を唱えよ)」
力ある言葉を唱えよ ~もういちど読み返したくなる物語~ 東束 末木 @toutsuka
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