第7話 わかりあい

 会場に、しんと沈黙が降りる。

 観客も、部長も弊社社員も伏見も、エー広告会社ビー通信会社の社員も、みんなギョッと目を開いた。


 どう思われているかわかっている。それでも……。


 冴子は一生懸命続けた。


「私性格悪いし口も悪いから、ある時期まではいつも黙ってた。私のちょっとした言動で誰かを傷つけるかもしれないと思ったから。口悪いのバレてからは色々あったけど」

「そうだ。色々言われた」


 部長がうんうんとうなずく。


「地味子、そうだったの……?」


 横山は唇に人差し指を当て、少し動揺しているようだ。

 冴子は滔々とうとうと言う。


「誰かの力とか、何か自分を超越した他の力に自分が言えないことを言ってもらうのは、なんか違う気がする。本当に言いたいことは自分の口で、自分の意思と勇気で責任持って言わなきゃ」

「うう」


 静香には刺さったのか、うつむいた。


「でもこうも思います。たとえささいなことであっても、おそれずに自分の意見を言わなきゃ人はわかりあえない。だから毒舌じゃないように、マウントしないように、自分の意見を伝えるようにならなきゃ」


 やった。ちゃんと言えた。


 そのことがうれしかった。

 自分だって、人にまっすぐ意見を伝えることをしてこなかった。

 面倒だったから。

 自分が傷つけられないか、怖かったから。

 でも今日からは、少しずつ変わっていこう。自分の力で。

 後田は神妙にうなずいている。


「それは確かにそうかもしれないっす」


 伏見も同じようにうなずいた。


「そうですね。確かに我々は時に億劫になり、自分の意見を言えなかったり、話し合うことをさけがちなのかもしれません。サバ子ちゃんは少し安易だったかもしれない。反省しました」

「伏見さん……」


 真摯に言われ、じーんとした。

 こっちは、彼の行いを否定するようなことを言ったのに。

 見つめあった。


「ヒューヒュー」


 からかうようなまぬけな口笛の嵐が吹き荒ぶ。

 力が抜けてガクッと肩を落とした。

 ズレたメガネで周囲を見渡せば。

 後田や静香、観客が、ニヤニヤしながらこっちを見ている。


「てめえらぁ〜〜〜っ」

「石島さんには色々と考えさせられました。あなたに出会えただけでも、僕はよかった」

「伏見さん……」

「ありがとう」


 冴子に向かって、伏見は深く頭を下げた。

 深く深く、90度より深い角度で。

 その時である。

 ぽろっと、彼の頭から何かが落ちた。

 わかりやすすぎる何か。

 ベタすぎる何か。

 床に虚しく転がった髪の塊が、会場をふたたびシーンとさせる。


 うわ、ズラじゃん。


 ライトの光を反射させる、伏見のつるんとした頭。その強烈な光が、そのベタすぎるまぬけさが、冴子の頭の中で言葉を強く反芻させた。


 うわ、ズラじゃん。

 うわ、ズラじゃん。

 うわ、ズラじゃん。


 会場いっぱいに、大音量がエコーがかって反響する。

 冴子自身にも自分の心の声が聞こえたほど。

 慌ててズレていたメガネを付け直す。


 やばい。これはメガネで制御できてない。


 頭を下げたまま、伏見は震えていた。


「う、ふっ、うっ……」


 まずい。なんて失礼なことを。


「違うんです伏見さん。今のは私の口から言った言葉ではなくて、その……」


 手を振って、なんとか弁明しようとした。

 彼はただ、ボソリと言う。


「……それ」

「え?」

「それですよそれ! 僕が求めていたもの」


 伏見は顔を上げた。この上なく笑っている。

 意味不明すぎて、混乱でパニックになりそうだ。


「え? え?」

「そのズバッとした毒舌。くぅ、たまらない」


 伏見は歓喜し、両手で自分の身体を抱きしめると、興奮を抑えるかのように身悶えし始めた。

 それを見た静香が、目をパチクリさせる。


「私と一緒な人……?」

「石島さん、もっと言ってください! もっと僕にその毒舌を」


 ぬっと長い腕が伸ばされる。

 ゾッと鳥肌が立った。


「触んなこの変態野郎!」

「そうそれ! もっとです! もっと言って」

 




 その後、いつもの日常に戻った。

 メガネにひっつめ頭の冴子は、いつものようカタカタ仕事する。

 机の上は、冴子にしては珍しくフィギュアが。首がカクカク動く、ピンクのサバ子。

 横山が、冴子に向かってつっけんどんに書類を差し出す。


「地味子先輩、サバ子の新しいロゴまだですか?」

「え? ああ……」

「エー社から催促来てますよ。サバ子のコンセプトを毒舌マウントから話し合いに変更したのはこっちなんだから、できる限りのサービスをするのが筋では?」

「催促より私ってまだ地味子なの?」

「は? わかりません。日本語喋ってください」


 冴子は舌打ちした。

 日本語はまだ下手だ。あのときは、大勢の前で流暢にしゃべれたのに。

 仕方なく、ポストイットに文字を書いた。


『催促がどうのって以前に、地味子先輩ってなんだ。ふざけてんのかてめえ』

「ふざけてるのは先輩ですよ。何で毒舌なくせにそんな口下手なんです?」


 冴子はさらにポストイットに文字を書く。


『私は繊細なんです〜。思慮深いんです〜。だからあんたと違っていちいち考えてテンパっちゃうんです〜。はい。私の勝ち〜』

「何筆談でマウント取ろうとしてるんですか」


 隣のデスクから、後田が声をかけた。


「ていうか石島さん、筆談する意味あります? さっきから先輩しゃべってるのに」


 は? 聞こえてんの?


「そりゃそんな大声で言われりゃ」


 メガネも効かなくなってきてんのか? じゃあどうすりゃいいんだ?


「またわけわかんないことを。変な人っすねえ」


 いぶかしげに首をかしげられる。

 ふと、冴子は後ろから視線を感じた。

 振り向けば、静香が両手で頬杖をつき、恍惚とこっちを見つめている。


「師匠、今日もキレキレです」

 

 キモい!


「ああステキ……。もっと言って」


 静香の隣に座る伏見も、同じポーズでこっちを見つめている。


「石島さん、今日も最高です。転職したかいがあった」


 静香はキッと彼をにらんだ。


「私の真似しないでください、この変態」

「君に変態と言われる筋合いはないよ」


 おほんと咳払い。禿げた部長がこっちをチラチラ見ている。

 静香と伏見はすまし、パソコン相手にまじめな顔を作った。

 途方にくれた冴子は、外したメガネをながめる。

 机の上のサバ子人形が、冴子を笑うように揺れた。

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サトラレマウンティング Meg @MegMiki34

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