第6話 サバ子

 伏見も、後ろの社員たちも驚いている。


「どうしてですか?」


 さらに念じた。


 私、性格悪いんです。いっつも人の悪いところばっかり見えます。口も悪いし。超口下手だし。一緒にいても不快にさせるだけだと思います。


「石島さんは性格悪いわけじゃないと思いますよ。みんな勇気がなくて言えないことを、まっすぐ言うだけで。君の強さが僕には輝いて見えた」

「……強くない、私勇気なんてない。全部全部自分自身で言った言葉じゃない」

「ごめん、今何て言ったの?」


 つぶやきは小声すぎて、伏見にはよく聞こえないようだ。

 それでもいい。

 立ちあがり、うつむきながら念じた。


 ごめんなさい。


 次いで顔をあげ、背後の社員に念じた。


 おい、てめえらとっとと帰れ。店に迷惑かけてんじゃねえ!


「す、すいません」


 トンチキ集団は大慌て。変な帽子や口ひげをポロポロッと落とし、しゅんとする。

 冴子は走り去った。


「石島さん待って」


 伏見が止めようとしても、冴子は立ち止まらない。




 今日も仕事は忙しい。

 メガネにひっつめ頭の冴子は、エー広告代理店から注文された、ゆるキャラのプロモーションビデオを作る。

 二頭身で、ファッションはメガネにピンクワンピース。

 目つきは悪く、とてもかわいいとは言い難いビジュアル。


 なんだこのキャラ。変だなあ。


「エー社も変なキャラ作るっすね。サバ子ってなんだ? サバ? 海のゆるキャラっすか?」


 心を読まれてないのに、隣の席の後田が、冴子が思っているのと同じことをぼやいた。

 彼は変なゆるキャラのイラストとロゴデザインを数パターン作っている。

 すると怒った部長がドカドカと冴子のデスクにやってきた。


「石島くん一体何年仕事してる。今日の午前中までに予算案を考えろと指示しただろ」


 されてません。てめえの勘違いを人のせいにすんなボケ。


 もちろん、メガネをかけていれば、部長に心の声は聞こえない。

 部長の目からは、ただのおとなしい、鈍臭いやつと見られているだけだろう。

 横山たちは仲間同士で寄り集り、クスクス笑った。


「地味子マジダサー」


 ダサいって言ってるあんたらのほうが人としてダサい〜。はい、私の勝ち〜。


 その念も、当然横山たちに刺さらない。

 静香や大人しいグループの社員たちは、心配そうにしている。


「師匠、いいんですか? 前みたいな師匠の勢いはどこいっちゃったんですか?」


 いいのいいの。私の心は読まれないほうがいいの。だってズルみたいじゃん。

 自分の力でなにかを成し遂げたほうが、気持ちよくない?


 そんなこんなのうちに、オフィスの入り口まで、配達員が来た。


「お届け物です」


 カタカタ、カタカタ。カチッ、カチッ。

 誰も彼も知らんぷりして、キーボードだのマウスだのの無機質な音を鳴らし続ける。

 忙しいなか面倒だから、誰も対応しない。

 配達員は困っている。

 冴子は舌打ちして、しかたなく応対した。


「どうも」


 郵便物を受け取ると、中に冴子宛の大きな封筒があるのに気づいた。


 なんだこりゃ。エー広告代理店から来てやがる。


 封筒を開く。


『イベント招待券 新しいマスコットキャラクターお披露目! ビー通信会社』


「え?」

 

 対象者は、冴子の部署の社員全員。

 場所は、2万人収容できるイベント会場。




 にぎやかな会場に人がわらわら、林のように集まっている。

 招待状を握りしめた冴子は、後田、静香、部長、横山、その他の社員らと一緒に、おののきながらおずおずとそこに入った。


「すげえ人っすね」

「宣伝もすごかったよね。私たち仕事で全然見てなかったけど」


 会場に到着するまで、街中いたるところにピンクのポスターが貼られているのを見かけた。ビルの上には屋外広告、携帯ショップの前には大きな人形。ネットにも、目に刺さるようなショッキングピンクの広告がチカチカしている。

 それらの主役は、冴子たちが作っていた、メガネにピンクワンピースの二頭身のゆるキャラ。



 ステージには、エー広告代理店のスタッフと、ビー通信会社のスタッフがいる。半袖に蛍光色のユニフォームを着て、マイクを握り、元気な声でスピーチ。

 その内容は……。


「次世代の新マスコットキャラクター、毒舌マウントキャラのサバ子ちゃんここに登場です! 快刀乱麻。一刀両断。みんなが言えないことを代わりに言ってくれる、スカッとするキャラがコンセプト!」


 ピンクのサバ子のきぐるみが、トテトテステージに躍り出た。人だかりに向かってペコ、ペコ、っとお辞儀をしたあと、丸い手でビシッとスタッフを叩く。


『てめえその四文字熟語普段使ってねえだろ。はい、語彙力で私の勝ち〜。私も使ってないけどね』

「使ってないんかい!」


 会場に響く、テンションに乗せられた人々の「あはは」という笑い声。

 ステージ下では、ビー社のスタッフたちが叫んでいる。


「本イベントで他社からお乗り換えいただければ、即日スマホ新料金プランをご契約いただけます」


 後田がしみじみと言う。


「エー広告会社が依頼してきたのはこれだったんっすね。デザインはできたからロゴやアニメーションが出来次第、順次発表ってとこっすか」

『この×××!』

「あ。いいかも」


 静香は恍惚としていた。

 冴子は開いた口が塞がらない。


 あれって、私?


 そんな問いが頭の中をぐるぐる駆け巡る。

 よく見えるメガネごしに、ステージ上を観察した。

 居並ぶスタッフの中に、長身の伏見がいる。

 彼のほうも、冴子たちに気づいた。


「おや、サバ子ちゃんのモデルの方が来て下さったようです」


 会場にいた人々が、冴子に注目した。


「石島さん、こっちこっち」


 ステージにいた伏見が、うれしげにこちらに手を振る。

 冴子はたじろいだ。


「ささ、サバ子プロジェクトのチーフがお呼びですよ」


 エー社の社員たちが、冴子たちの背中を熱い手でグイグイ押す。ステージに向かって。


「え? え?」

「他の社員の方々も。さあ」




 熱気を帯びた大勢の人が、好奇の目でこちらを見上げている。

 こんなに大勢の人からの注目を、直に浴びたことなんかない。ゾクゾクするほど緊張する。

 後田や静香もそうなのか、冴子のほうに身体を寄せ、藻のように塊になる。

 部長はステージから彼らを見下ろすなり、テカテカした頭をなでて悦に浸った。


「いやあ。これで我が社の名前も世に広まるだろう。石島くんの功績だ。見直したよ」

「そ、そうっすよね。石島さんさすがっす」

「師匠はやっぱり師匠です」


 後田も静香も、手を合わせて大喜び。

 横山は悔しそうな顔をしている。


「石島さん、なにかお言葉を」


 冴子の前に、スッとマイクが差し出される。横を見上げれば、伏見が優しい目でこちらを見ていた。

 冴子はにぎやかなステージや、笑っている観客を見下ろす。ついで部長や、後田や、静香、横山、そして伏見を、順々にゆっくり見た。

 今、思っていることがある。こんなに注目を浴びて、とても緊張する。けれど、言わなければならないことだ。

 ゆっくりと、マイクに向かって声を出した。


「私、サバ子ちゃんよくないと思う」

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