7月13日『切手』

 海の国の滞在は明日の朝まで。

 ホテルのロビーでアリスさんはそれを知るなり、ラビン師匠へ不平不満をこぼした。


「えぇぇー!ティアちゃんと明日でお別れってことですか!?」

「次の旅の予定があるからね。アリス、一応言っておくけれど予定は変えないよ」

「うわぁぁん!先輩の人でなし!もっと前々から教えてくださいよぉ……。明日でお別れって分かっていたら、お城で盛大な送別会ができたのに〜!」

「アリス?そんな送別会、必要ないよね?」

「うーむ、先輩のマイペースっぷりを失念していたわ……!」

「アリスー?僕の話聞いてるー?」

「ティアちゃんとゆっくりできるのも、実質、今日が最後ってことね!ティアちゃん、どこか行きたいところとか、何かやりたいことはある?アリスお姉さんができることなら、なんでもするわよ!」


 今日も賑やかなアリスさんに、私は苦笑しながら答えた。


「いえ、もう充分です。アリスさんには、この国のあちこちを案内していただいたので……。今日は師匠の要望を聞いてあげてください」

「ティアちゃん!あなた、本当に良い子ね!……ティアちゃんがこう言ってくれているので、先輩、ご用件があれば伺いますよ」

「……妹弟子とはいえ、僕に対してここまで肝が太いのはアリスぐらいだな」

「えへへ、褒められちゃった!」

「うん。褒めてないから」


 冷静にピシャリと言い放つ師匠と、はにかむアリスさん。兄弟弟子として二人は長い付き合いなんだろうけれど、絶妙に会話が噛み合っていない。


 でも、二人の話を聞いていると思わずクスッと笑ってしまうほど、穏やかで楽しい会話だった。



 ◇ ◇ ◇



「切手を買うんですか?」


 海の国で一番大きい郵便局に、私達三人は来ていた。私の質問に師匠が答える。


「そう。僕の友人へのお土産にね。この国に来ると、彼のために毎回切手を買っているんだ。異世界のものだから切手として使うことはできないけれど、彼は切手収集が趣味だから」

「せんぱーい!こっちに見本が掲示されてますよ〜!」


 郵便局内の少し離れた壁際で、アリスさんは私と師匠を呼ぶ。師匠は片手を振って応えると、見本切手を見に行った。私もついて行って師匠の隣に並び、壁のコルクボードを眺める。


 コルクボードには何種類もの見本切手が掲示されていた。

 海のイラストや、海洋生物が描かれている物が多い。くらげの群れや、すいかがデザインされた物もある。

 どれも、海の国らしい絵柄だった。


 アリスさんはコルクボードを人差し指で示しながら、


「先輩、今回も全種類買っていくんですか?」

「そうだね。それぞれシート一枚分ずつ買っていくよ。切手代はお土産として、僕のポケットマネーから出すから」

「はぁーい!承知しました〜!」


 師匠は平然とした表情でアリスさんに答える。


 え?今、なんて言った?


「師匠?切手、全種類買うんですか?」

「あぁ、うん。この国には頻繁に来れないし重い物でもないからさ。全種類買っても、僕達の国での金貨三枚分だしね」

「……はい?金貨三枚分って……大金たいきんじゃないですか!?」


 私が驚きの声をあげると、アリスさんがやれやれといった雰囲気で、


「やっぱり、先輩の金銭感覚ってちょっとズレてるよねぇ〜。ティアちゃんの反応が普通だと思うわ。ま、うちの国にとって先輩は有り難いお客様だけど」


 腕を軽く組んで頷くアリスさん。私とアリスさんの反応に、師匠はいまいちピンときていないようで、きょとんとしている。


「ティアちゃん、無理強むりじいはしないけど……。先輩のところで気苦労が多かったら、いつでもうちの国に来てね!」


 アリスさんにガシッと両手を握られて、力強くそう言われてしまった。

 明らかに同情された私は、アリスさんへ乾いた笑いを返すことしかできなかった。

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