7月12日『すいか』

 今朝もホテルのロビーに来てくれたアリスさん。ラビン師匠と共に朝の挨拶を済ませると、


「ティアちゃんは、すいかって分かるかしら?」


 と、たずねられたので私は頷いた。


「はい、知っています。私の出身国にも、師匠と暮らしている国にも、すいかはあったので」

「それなら話が早いわ。今日はすいか祭りの日なの!一緒に行きましょ!」

「すいか、祭り……?」


 復唱するように呟いて、一瞬、師匠から以前聞いたトマト祭りのことを思い出した。

 トマト祭りは、熟したトマトを投げ合って、お互いにぶつけ合うお祭りだと師匠は言っていた。


 ま、まさか……。

 すいか祭りは、すいかを投げ合うお祭り、じゃないよね?


 口元が若干引きつっているのを自覚しながら、


「あの……。すいか祭りって、どんなことをするお祭りなんですか?」


 私は恐る恐る質問してみた。アリスさんはニコっと口角を上げ、片目を瞑りウィンクしながら答える。


「すいかを使った料理やデザートを楽しむお祭りよ!会場内に色々な屋台が出て、すいかを使った簡単なゲームもあるわ!とっても賑やかなの!」


 アリスさんの笑顔がきらきらと輝いている。私の心配は杞憂だったようだ。


「今日は僕も一緒に行くからね」

「えぇー?先輩も来るんですか〜?」

「今日は登城の予定もないし、ホテルの部屋で缶詰めは御免だからね」


 師匠はニコニコと笑みを浮かべてはいるが、その背後から黒いオーラが出ているような……?

 アリスさんは師匠に臆することなく、不服そうだった。でも、渋々「はーい!分かりましたよぉ〜」と、肩をすくめて返事をしていた。



 ◇ ◇ ◇



 アリスさんに案内されてついたのは、白い砂の公園だった。昨日訪れた自然公園とは違って、植物は少なく開けた空間だった。


 公園の敷地際の柵に沿って、屋台が複数出ている。どこもすいかを使った食べ物の屋台だった。

 すいかを凍らせたアイスキューブに、すいかのシャーベット、すいかとアイスクリームを混ぜたジェラート、すいかを使ったゼリー、すいかのスムージー、中には、すいかの皮を使った漬物まであった。

 すいかを使った料理やデザートって、こんなにバリエーションあったっけ?と、種類の多さに驚いてしまう。


「あっちですいか割りやってるわ!ティアちゃん、先輩、行ってみましょう!」


 アリスさんが上機嫌で指差した先には……。

 あれは、なんだろう?


 タオルで目隠しをした少年が両手で棒を持って、砂に置かれたシート上のすいかに向かって歩いている。時々よろけている少年の背後には、声援をあげる人達。「もっと右ー!」とか「あー!行きすぎだよ〜!」とか、目隠ししている少年を誘導するように声をかけていた。そして、


「ここかなぁ?えいっ!」


 その人は勢いよく棒を振り下ろした。棒は少しだけすいかを擦り、小さく欠けた。小さな赤い果肉が散らばる。目隠しを外した少年は「命中しなかったかぁ〜!」と悔しそうに、でも楽しそうに笑っていた。


「アリスさん、あれがすいか割りですか?」

「そうよ〜。目隠しをして、その場でグルグル回ってから、声を頼りにすいかを割るの。ティアちゃんもやってみましょ!私や先輩が声で誘導するから!」

「へ?」


 アリスさんの突然の提案に、我ながら間抜けな声が出た。

 師匠が苦笑する中、アリスさんに背を押されて、私はすいか割りのスペースまでたどり着いてしまった。係員のおじさんにアリスさんが参加費を払って、私は白いタオルを手渡された。


「はい、お嬢ちゃん、このタオルで目隠ししてね」


 戸惑ってはいたが、もう流れに身を任せてしまった方が楽しめそう。私は係員さんに言われるがまま目隠しをすると、


「じゃあ今度は棒を渡すよ〜。はい。次はここで十回、グルグル回ってねー。はい、いーち、にーい、さーん」


 カウントの声を聞きながら、私は棒を持って回った。

 うわぁ、グラグラして目が回る……。


「はい、止まってね〜。じゃ、お連れの方は声で誘導してあげてくださいねー」

「ティアちゃーん!前進んで!もっともっと!」

「は、はぁい!」


 アリスさんの元気な声は、よく聞こえるのだけれど。回ったせいで平衡感覚が怪しい。さっきの人がよろけていたのは、こういう訳だったのか。


 師匠の声は聞こえなかったけれど、小さな笑いをこぼして見守っている……気がした。目隠しをしているけれど、気配でなんとなく伝わってくる。


 私は時々よろめきつつも、アリスさんの声に導かれてゆっくり進んだ。そして、


「ティアちゃん、そこ!そこで真っ直ぐ、思い切り振って!」

「あ、はいっ!」


 指示通りに、勢いをつけて棒を振った。ゴンッと、手応えとともに音がして、目隠しを取ってみれば、目の前には綺麗に割れたすいか。赤い果肉が見える。


「やったぁー!ティアちゃん上手!」

「わっ!?」


 興奮気味のアリスさんに強めのハグをされた。その勢いに、危うく倒れそうになったけれど、なんとか堪えた。


「なんだかティアよりもアリスの方が楽しそうだね?」


 師匠は私とアリスさんの元まで歩いてくると、クスクスと笑いながら言った。

 うん、まあ、それは私も同意見かな!


 そのあと、私が割ったすいかはお祭り会場にいた人達にもおすそわけして、みんなでおいしく頂いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る