7月11日『緑陰』

「ティアちゃん、今日はこの国の自然公園を案内するわ!先輩は国王陛下がお呼びなので、お城に行ってくださいね!ホテルの玄関に城兵を待たせているので、彼等と一緒に登城してくださいな〜」


 ラビン師匠と朝食をった後、ホテルのロビーに来てくれたアリスさんは会うなりそう話した。

 アリスさんの説明に、師匠はとても不満そう。


「えぇー、僕だけ城へ行くの?」

「はい!陛下がぜひ会食を、と仰っていますので!」

「堅苦しいのは嫌いなんだけど」

「でもでも!国の恩人である先輩を、もてなさない訳にはいきませんから!陛下のお気持ちを無下にするつもりですか〜??」

「……はぁ。分かったよ。じゃあティア、また後で。アリスから勧誘があったら、遠慮なく断っていいからね」


 師匠は肩を落とし、気重そうにホテルのロビーを出て行った。


「ふふーん!邪魔者もいなくなったし、これでティアちゃんとゆっくり過ごせるわ!」


 アリスさんは目を輝かせて、とてもいきいきとしている。よほど私のことを気に入ってくれたのか……。


「さぁ、私達も行こっか!」

「あ、はい」


 意気揚々と先を歩くアリスさん。師匠が一緒じゃないのが少し不安だけど……。

 せっかく案内を申し出てくれているのだから、お言葉に甘えてゆっくり観光しよう。


 気持ちを切り替えて、私はアリスさんについて行った。



 ◇ ◇ ◇



 海の国の自然公園は、緑の植物と珊瑚礁がたくさんある不思議な場所だった。


 地上で見るのと同じような木々や低木があちらこちらにあり、花をつけている木も見受けられた。ここが海底だと、一瞬忘れてしまいそう。

 公園内にはベンチやテーブルもあり、座って談笑している人もいる。市民の憩いの場、なんだろう。


 アリスさんと並んで、白い砂で整備された歩道をのんびりと歩く。木々が緑陰りょくいんを作っていて、陽に遮られた木陰が気持ちいい。


「海底なのに、地上のように樹木があるんですね」

「うん。海の国は海産物の輸出と、観光業で成り立っている国なんだけどね、そうして得たお金の一部で地上の土と苗木を買っているの。人間っていうのは、どこにいても緑が恋しくなっちゃうんだろうねぇ」

「そういえば、ここは海の底なのに……どうして明るいのでしょうか?」


 ふと思った疑問に、アリスさんは「ティアちゃん、あれを見てごらん〜」と人差し指で上を指し示した。つられて上を見上げると……。かなり高い位置、半透明のドーム頂点に、光源があった。


「あれ、魔法でできている人工太陽なの。宮廷魔法使いが交代で、二十四時間、三百六十五日、ずーっと休みなく管理しているのよ。海底でも時間の感覚を失わないように、昼間は明るく、夜は暗く、調節もしているの」

「人工太陽……!それも宮廷魔法使いのお仕事なんですね」

「そう。この国での魔法使いの仕事って多いのよねぇ。ハードな仕事ではあるけれど、みんな誇りを持って働いているわ。海の国を支える、大黒柱のような職業だから」


 ニコッと、胸を張って笑うアリスさんは格好良かった。国を支えているという自負があるのだろう。


「ティアちゃんは、先輩のところで修行中なのよね?」

「はい、一応」

「じゃあじゃあ!将来どんな魔法使いになりたいの!?どこで、どんな風に働きたい??アリスお姉さんに教えてくれないかな!」

「将来……?」


 反芻はんすうするように呟いて、でも、すぐに答えが出なかった。


 師匠と共にあの洋館で暮らしていた頃は、毎日目の前の雑務を済ませて、空いた時間で教わった魔法を覚えるだけで日々が過ぎていた。母国に戻ってからは、王族としての公務に忙殺されながら、異世界を渡る魔法を覚えるのと、両親に休暇をもらいたいと説得するので、いっぱいいっぱいで。


 ここ数年、将来とか未来とか、考える時間を持っていなかった。

 いて言えば、


「アリスさん」

「うん?」

「私は、ラビン師匠のように優しくて強い魔法使いになりたいです」


 数日前、和の国で短冊に書いた願い事を、私の答えとしてアリスさんに話した。ぼんやりとした目標で、ちゃんとした答えになっていないかもしれないけれど。


「具体的でなくて、すみません。先のことは、まだあんまり考えられなくて」


 私が謝ると、アリスさんは首を左右に振った。そして彼女は目を細めて微笑む。


「ううん。……先輩、ずいぶん変わったんだなぁって、今のティアちゃんの言葉で察したから、なんだか嬉しいな。今日もティアちゃんのこと、うちの国の宮廷魔法使いにって勧誘するつもりだったけど……。きっぱりあきらめるわ!」


 アリスさんは少し残念そうに眉を下げ、しかし口角は上げて、こう言った。


「あの人は、長い間、独りでいることを選んでいたけれど……。今は違うみたいね。きっと、先輩の側にはティアちゃんが必要なんだわ」

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