7月10日『くらげ』

 海の国での滞在中はホテルに泊まることになった。でも、宿泊費はこの国の王族が払ってくれるらしい。


「ラビン先輩はうちの国の恩人だからね!国王陛下から、国賓として、しっかりおもてなしするように言われているの!」


 朝食後、泊まっているホテルのロビーにやって来たアリスさんは元気よく説明してくれた。


「だからティアちゃん、今日はこの国のお勧めスポットを案内するわね!先輩は部屋でゆっくり寝ていてくださいな!」

「……え?アリスさん?」


 だから、の意味が合っていない気がする。

 胸を張るアリスさんに、ラビン師匠は呆れ顔だ。


「アリスー?僕は国賓扱いなんだよね?そのお客様を、ホテルに缶詰めにさせるつもりかい?」

「だって〜!先輩は何度もうちの国に来ているじゃないですかぁー。ティアちゃんを勧誘がてら案内してもいいでしょ?」

「うん、ダメだね。僕も一緒に行くから」


 即答する師匠にアリスさんは落胆していた。が、数秒後には目を輝かせて、


「今から行くところ、本当に素敵な場所なの!きっとティアちゃんも気に入ってくれるから!そうしたら、先輩がなんと言おうと、この国に定住したくなるわ!」



 ◇ ◇ ◇



 アリスさんに連れてこられたのは、この国に入った時とは別の関所だった。


「ここは陛下の許可がないと通れないの」


 彼女が身分証を見せると、番兵に敬礼されて通された。関所の向こう側には海中にトンネルがあって、私達三人が並んで歩ける幅と高さだった。

 しばらく進んでいくと、ぽっかりと開けた空間に出る。海の国を覆うものよりはるかに小さいが、ここも半透明のドームだった。


「この場所は、国賓や観光客向けの場所なの。ほら、上の方を見てみて」


 言われて小さなドームの天井を見上げると、不思議な生物がたくさんいた。

 傘のような姿で、海中をゆらゆらと漂っている。初めて見る生き物だけれど見覚えがあった。


「アリスさん、これってくらげですか?」

「あ、ティアちゃん知ってた?」

「はい、図鑑で絵を見たことがあって。実物は初めて見ますが」

「そっか〜!驚かせたかったんだけどなぁ、残念!でも、本で見るよりも綺麗でしょ?」

「そうですね。見ているとなんだか癒されます。……こんな風に海の中でゆらゆらしているんですね」


 くらげ達は透き通った体で、傘の部分をふわっと動かしながら、海の中をのんびりと泳いでいく。眺めていると時間を忘れてしまいそうだ。


「アリスは、ここでくらげや海の生物を見て、定住を決めたんだったね」

「えぇ。私は昔から生き物全般が好きだったので。先生……私や先輩の師匠のところで、本当はもうちょっと修行しようと思っていたんですけれどね〜。ちょうどあの頃、海の国は宮廷魔法使いが少なくて人手不足だったんです。先生からは『独り立ちしても大丈夫だろう』ってお墨付きはもらっていたし、ずるずる修行を続けていてもなーって思って。今思えば良い機会でした」


 アリスさんは懐かしそうに話し、目を閉じて頷いていた。追憶に浸っているのかと思ったけれど、次の瞬間には、


「でね、ティアちゃん!私、実は後継者を探しているの!」


 いきなり話題が変わり、アリスさんの切り替えの速さに私は驚いた。


「後継者、ですか?」

「そう。昨日自己紹介した通り、私は宮廷魔法使いなんだけれど……。弟子達はみんな独り立ちして国外に行っちゃって、後継ぎがいないの。海の国の宮廷魔法使いは、協力して結界魔法を張ったり、国内に空気を補充させたり、仕事が多いのに!」

「た、大変なんですね……」

「だから、ティアちゃんがうちの国にいてくれれば……。私も同僚達もすごく助かるわ!宮廷魔法使いは待遇いいわよ〜!」

「いや、でも、私は……」


 前のめりになって私を誘うアリスさん。

 うーん、困った。私は師匠の弟子だし、半年後には故郷に帰らないといけない身だからなぁ。説明するにしても話が長くなるし、私が異世界の王族だと身分をあかすのも躊躇ためらわれる。


 どう断念してもらおうかと思案していると、昨日と同じように師匠が声をかけてくれて。


「アリスー?君は本当にあきらめが悪いね。ティアは僕の弟子なんだから、君のところには弟子入りさせないよ。どうしても、って言うなら……。僕と練習試合で戦うかい?僕に勝てる腕があるのなら、勧誘してもいいけど?」

「先輩!そんなの無理に決まっているじゃないですか〜!」


 この後、アリスさんは渋々引き下がってくれた。師匠を恨めしそうに、じとーっと見ていたけれど。


 この二人、なんだかんだ言いつつも……。兄弟弟子として仲が良さそう。


 くらげの群れの下で、賑やかに会話する師匠とアリスさんを見て、私はそう感じていた。

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