7月9日『団扇』
ラビン師匠と流木に並んで座っていた。
目の前には白い砂浜と、青い海。空には太陽がぎらぎらと輝いている。
和の国で購入した
うん……。これは……。
「あきらかに夏ですね!暑いです!」
私は立ち上がり、羽織っていた薄手の外套を脱いだ。今着ているローブは夏物だけれど、外套を脱いでもまだ暑い。
師匠も、同じく夏物のローブを着ているが……。その顔は涼しげだ。
いや、この暑さでその表情?
師匠は不思議そうに首を傾げながら、
「そんなに暑いかなぁ?まあ、これから行く国は涼しいところだから、ティアは今の格好でちょうどいいと思うよ」
「え、目的地ってここじゃないんですか?」
和の国の人に別れの挨拶をして師匠に異世界転移の術を使ってもらい、世界の狭間経由でこの海岸にやってきた。
ちなみに。昨日折った折り鶴をプレゼントしたら、不恰好だったのに、華子さん達はとても喜んでくれた。
「ここはただの入口だよ。目指している国があるのは、この先」
師匠は人差し指で、スッと海の方を指さした。
「この海の先?船で渡るんですか?」
「違うよ」
どういうことか、よく分からない。師匠はたしかに海の方を示したのに。
私が頭に疑問符ばかり浮かべていると、師匠は背負っていたレザーリュックから
「今から行くのは海の国。海底にあるから、こうやって行くんだよ」
師匠が海にむかって魔杖を振った。すると、
「……え。えぇ!?」
目の前の海が、左右に裂けた。大きな波が右と左に向かってうねり、一本道ができる。
は?呪文も詠唱しないで、こんな大がかりな魔法を使えるものなの!?
「じゃあ行こう」
師匠はスタスタと、海の中にできた真っ直ぐな道へと歩いて行く。私も慌てて後をついていった。歩き慣れない砂地に、時々足をとられながら進んでいく。
道の両側には、海水の壁。小さな魚が群れで泳いでいるのが見えた。
「ティア、もう少し歩いたら道の形をトンネルにするからね。海水に触ると魔法が解けちゃうから気を付けるように」
この魔法がどんな仕組みで使われているのか分からないが、それ以上に……。
こんな魔法を軽々と使ってのける師匠が、魔法使いとしてどれほどの高みにいるのか。私の立ち位置からは見えなくて、分からなくて。
師匠は目の前を歩いているのに、その背中をとても遠くに感じた。
◇ ◇ ◇
海底にあったのは、大きな半透明のドームだった。ドーム内には白い石造りの建物がいくつも並んでいる。
本当に、海底に国があった。
「深淵の魔法使い、ラビン様ですね。どうぞお通りください」
関所のようなところで番兵に敬礼されて、師匠と共に国へ入った。
ドーム内は地上と同じように空気があった。魔法や魔道具を使わなくても、息ができるようになっているみたい。
城壁がなく、人の背丈より高い柵で囲われている国だった。ドームに沿って結界魔法が張られているのが魔力の流れから私でも分かった。
白い石造りの建物は、みな青い屋根で、形は三角屋根だったり丸屋根だったり。どちらかといえば私の知る洋風建築に近い気がするが、どこを見ても異国情緒を感じる。
キョロキョロと、物珍しく辺りを見回していると、
「せんぱーい!ラビン先輩!」
遠くから息を切らして、若い女性が駆け寄ってきた。
淡い色のおしゃれなワンピースを着て、髪は編んで結っている。二十代半ばに見える可愛い系のお姉さん、といった容姿だった。
お姉さんは息を整えてから、師匠へと顔を向けた。
「もう!先輩ってば、相変わらずアバウトなんだから!こっちに来る日にちぐらい、事前に連絡してくださいよ〜」
彼女は怒りながら呆れていたが、師匠の影に隠れていた私に気が付くと、
「ん?先輩、その子は?」
「あぁ、アリスは初対面だよね。この子は僕の弟子」
「……はい?」
お姉さんは数秒固まり、ぱちぱちと
「弟子ぃぃ!?先輩が?弟子をとったんですか!?他人になかなか心を開かない、深淵と呼ばれる先輩が?放任主義で先生以上にマイペースな先輩が??」
「……アリスが僕のことをどう思っているのか、よぉく分かったよ」
「ひぃぃ!そんな黒い笑顔向けないでくださいよぉー!」
賑やかな会話に、私がなかなか口を挟めないでいると師匠が気がついてお姉さんを手で示した。
「ティア、彼女は僕の妹弟子なんだ。アリス、ほら。魔法使いの先達として、ちゃんと自己紹介して」
「あ、はーい!初めまして〜。ラビン先輩の妹弟子で、この国で宮廷魔法使いをしているアリスでーす!あなたはティアちゃん、っていうお名前なのかな?」
人懐っこい笑みを向けられて、アリスさんから片手を差し出された。私はお辞儀をしてから、握手に応じる。
「はい、ティアードロップといいます。長いのでティアと呼んでください」
「分かったわ!よろしくね!」
握手をすると、アリスさんは「あれ??」と不思議そうな顔をした。
「もしかして……。ティアちゃんの魔力量って、結構すごい感じ?」
そう
すると師匠が口を開く。
「ティアは、つい最近、一人で異世界転移の術を成功させたんだ。その程度の魔力と技量は持っているよ」
「嘘!?え、待って待って。ティアちゃんって、歳いくつ?何歳なの?」
テンション高めのアリスさんに内心戸惑いつつも素直に答える。
「二十歳です」
「二十歳!?ちょっと前まで十代だったってこと!?その歳であの魔法使えるの!?うわー、先輩、金の卵じゃないですかぁ!いいなぁ、いいなぁ!可愛くて将来有望な弟子がいて〜」
「あ、あの、アリスさん??」
「ティアちゃん!私の弟子にならない?先輩のところだと、この人のことだから、なにかと苦労するでしょ〜。私なら手取り足取り教えてあげられるわ!」
「え、いや、それは……」
私が返答に困って言い淀んでいると、師匠が助け舟を出してくれた。
「はい、アリス、ストップ。僕の目の前で愛弟子を勧誘しないでくれる?だいたい、君のところにも弟子はいるだろうに」
「うちの弟子達は、みーんな独り立ちして巣立っていっちゃいました。だからティアちゃん、今の私はお買い得よ!」
「アリスー?僕の話聞いてるー?」
きゃっきゃとはしゃいで、私にハグしてくるアリスさん。初対面の人だが、ものの十数分でよく分かった。
この人、たぶん良い人なんだけど……。
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