7月3日『謎』

「ラビン師匠。もう荷解にほどきしてもいいですか?」


 朝食後、小さなダイニングテーブルで師匠と紅茶を飲んでいる時にいてみた。


 一昨日も昨日も、師匠から『荷解きは必要最低限で』と指示されていたからだ。

 しばらくはこちらの世界に……正確にはこの洋館に居るつもりなので、私としては早めに荷解きしたかったのだけれど。


 師匠に質問しても、指示した理由までは話してもらえなかったので、この三日間ずっと疑問に思い謎だった。


「うーん。荷解き、ね。どうしようかなぁ」

「師匠、私これから半年はここにいるんですよ?あの旅行鞄から早く荷物出して片付けたいんですけど」

「半年、か……。ううむ」

「以前手紙にも書いて伝えたじゃないですか。ちゃんとこっちに戻れたら半年は滞在します、って」


 異世界転移の術を習得するまでの間、師匠とは世界越しに文通をしていた。

 頻繁に、とはいかなかったけれど、数ヶ月に一度はやりとりする手紙の中で、近況報告やこの洋館いえに戻れても滞在は半年になることは伝えていた。

 それは師匠も分かっていたはずなのに。


 非常に悩まし気な表情で、何か考え込んでいるようだ。


「ティア、半年後には国で仕事があるんだっけ?」

「そうですよ。父に、というか国王陛下に言われているんです。『国を留守にしても構わないが、期間は半年まで。新年の祝賀行事に間に合うように帰ってきなさい。王族としての役目は果たすように』って」

「あぁ、あそこは新年を盛大に祝うタイプの国だったっけ」

「はい。なのでそれまでには国に帰らなきゃ、です。まぁ、ここも私にとっては我が家なので、帰るって表現もちょっと変ですけどね」

「うーん。……先延ばしにする必要もない、か」


 ぱちん、と師匠は両手を合わせ音をたてた。先ほどとは真逆の表情で、すっきりとした顔で私に言う。


「明日から旅行に行ってみないかい?」

「え。旅行ですか?しかも明日から?」


 突然の師匠の提案に驚いた。私がまばたきしていると、師匠は笑顔でさらに言葉を続ける。


「うん。明日から異世界旅行に行こうと思うんだ。もちろん、ティアと僕の二人でね」

「……は??」


 異世界、旅行?明日から、師匠と一緒に??


「…………師匠」

「ん?」

「なんで早く教えてくれないんですか!!行きますよ!絶対行きたいです!!」


 思わず席を立って、バンっとダイニングテーブルを両手で叩いてしまった。マグカップの紅茶が少しこぼれたが今は気にしていられない。

 異世界旅行ってことは、前に師匠が話してくれたような国々を見て回れるってことだよね。私の好奇心が疼かないわけない。


「ティアー?ちょっと落ち着こうか。ほら、お茶でも飲んで」

「あ、はい」


 再び席に着き、中身が減った紅茶を数口飲んだ。

 いや、これぐらいでは落ち着かないけどね!


「どんな国に行くんですか?どんなところを見て回るんですか?そもそも観光目的ですか??あ、必要な持ち物とかあるんでしょうか?」

「うん、ティアが全然落ち着いていないのは分かった。じゃあ、そういうことだから荷解きはしないでいいよ。明日の朝に出発だからそのつもりでいてね。金魚たちは……雑貨屋の店主に預けるか。これから旅行の計画をつめておくから、ティアは」

「あぁ〜!楽しみで仕方ないです!!」

「……ティアは、そうだね、僕が何言っても落ち着かなさそうだから、明日まで好きにしてて」


 師匠の笑顔は引きつっていたけれど、テンションが上がりきっている私は浮かれ気分で。

 その後は家事もそこそこに済ませ、旅行鞄の中身を改めて詰め直し、上機嫌で過ごした。


 もちろんというか案の定というか、明日からの旅行が楽しみすぎて、その晩はよく眠れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る