記憶買取屋

おかゆ

第1話 「買取っていただけませんか」

【記憶、売り買いします】


そう掲げられた小さな看板がそこにはあった。

看板の横には古びた小さい建物がある。


私は今、その建物の前に立っている。


周りには木、木、木・・・。

他には何もない。


壁の一角にある古びたドアに手を掛ける。


ドアを開けると、外観から予想できるように非常に薄暗い部屋だった。


部屋は大量の本で埋め尽くされていて、なんだか埃っほい。

よくある古本屋のような匂いがする。


部屋の奥へと目をやると、人が一人、ぽつんと座っている。

女性だろうか、それとも男性・・・?


部屋は薄暗くてこの距離では性別、年齢がわからない。


「いらっしゃい」


そう声をかけられてわかった。

女性だ、それに年齢も若そうだ。


「久しぶりのお客だ、こっちへどうぞ」


そう声をかけられて、私は恐る恐る奥へと進む。


「綺麗なお嬢さんだ、今日はどんな御用で?」


私は店主と思われる人物に質問をする。


「あぁ、ここは記憶を売り買いしているよ、お嬢さんはどっちかな?」


記憶を買ってほしい。

そう伝えると店主は説明を始めた。


「もちろん歓迎するよ、買取なら記憶を見てからの金額提示になるがいいかな?」


記憶を見る・・・?

一体どうやって?

そんな私の考えが伝わったのか、店主はこう続けた。


「あるんだよ、記憶を覗き見る方法が」


店主はふわりと笑う。

近くで見ると、とても綺麗な女性だ。

どこかミステリアスな雰囲気を感じる、こんな場所だからかもしれないが。


「なぜ、記憶を売りたいのかな?」


そう聞かれて私は少し戸惑った。


話したくない。


そんな雰囲気を、またもや店主は感じ取ってくれたらしい。


「まぁいいよ、記憶を見ればなんとなくわかるのでね」


店主は立ち上がり、奥の部屋へと続くであろうドアを開く。


「どうぞ、奥にベッドがあるからそこへ寝てくれるかな」


言われるがまま奥の部屋へと足を踏み入れ、そこにあるベッドに横たわる。


・・・不思議な匂いがする。


「目を閉じて、深呼吸するんだ」


言われた通りに目を閉じ、深呼吸をする。


・・・どのくらい経ったのだろう。


「もういいよ」


そんな店主の声かけでふと我に帰る。


「お嬢さんの記憶の買取金額は5千円だ」


店主が金額を提示する。

元々記憶なんて金額のつかないものだ。

忌々しい記憶が無くなる上にお金までもらえるとは、なんて素晴らしいのだと思った。


「一つ注意点がある、ここで記憶を私に売ったことは覚えているが、なんの記憶かはもう思い出せなくなる。それに買い戻しも不可能だ、違う記憶は売るがね」


それでいい、と店主に伝えた。


「それじゃあ記憶をいただこう、もう一度目を閉じて・・・」


言われるがままに目を閉じる。

意識は深い闇の底へと導かれていく。

いきなりプツン、と意識が途切れた。


ーーーーー


「それではまたご贔屓に」


店主は私にそう言った。


私は記憶を売りにきた。

だが何を売ったのかはもう思い出せない。

きっと相当に忌々しい記憶だったのだろう。


店を出ると辺りはもう薄暗かった。


記憶買取屋、そんなものが実在するなんて思ってもいなかった。

実際、この目で見なければただの噂話だと思っていただろう。

だが記憶を売ったことでそれも信じることができる。


不思議とすっきりとした気分になった私はそのまま帰路に着いた。


ーーーーー


家の前に着くと。自分の部屋の前に誰かがいることに気がついた。

辺りは暗い。

一体誰だろう?


ゆっくりと近づくと一人の男性が座り込んでいた。


「アキ・・・!」


そう私の名前を呼ぶ。


「アキ、遅かったね、どこに行ってたの?」


誰だ。

誰だこの人は。


私の名前を呼んではいるが、私はこの男性のことを知らないのだ。


「アキ、謝りたくて待ってたんだ」


そう言って男性は身を近づけてくる。


反射的に私はそれをかわした。


「アキ・・・?まだ怒ってる?」


誰?と声をかける。


男性は少し笑ってこう言った。


「いくら喧嘩したからってそれは少しひどいよ、アキ」


喧嘩?私が?


「とにかく家に入れてよ、そこでもう一度しっかり話そう」


気持ちが悪い。

知らない男性を家にあげるなんてできるはずがない。


警察を呼ぶ、そう怯えながらも伝えると男性はこう言った。


「警察って・・・、そんなに怒ってるの?少し女の子と遊んだだけじゃん、もういいよ、帰るから、ふざけるのもいい加減にしろよ」


そう捨て台詞を吐かれ、男性は去っていった。


ーーーーー


私が知らない男性はその後も何度か現れた。


仕事に行く時、帰ってきた時、買い物に行く時。

まるで私の行動パターンを知っているかのように現れた。


まるでストーカーだ。


警察にも相談をしたが、まともに取り合ってくれなかった。


怖い。

とにかく恐ろしかった。

いつ、また声をかけられるかわからない。

次は声をかけられるだけでは済まないかもしれない。


そう考えるたびに恐怖は増していった。


そして1ヶ月が経った頃だろうか。


『ガチャ』


玄関のドアがいきなり開いた。

なぜ?どうして?鍵は閉めていたのに。


キィっと扉が開くと同時にあの男性が顔を覗かせる。


なぜ?なぜ。


「アキが悪いんだよ、俺は何度も謝ろうとしたのに話すら聞こうとしてくれないから」


男性は靴のまま部屋に足を踏み入れてきた。


「アキが悪いんだよ、俺のことをふざけて知らないふりなんて続けるから」


手にはナイフが握られていた。


「アキが悪いんだよ、俺にはアキしかいなかったのに」


ナイフは振り下ろされた。


ーーーーー


『本日未明、〇〇県✖️✖️市で女性の遺体が発見されました。女性には夥しい数の刺し傷があり、警察は犯人と思われる女性の交際相手の男性の行方を追っています』


夕方のニュースを聞いて店主は思う。


「そうか・・・、殺されてしまったか」


店主はおもむろに立ち上がり窓から外を眺めた。


【交際相手との思い出】


それをあの女性は売りにきた。


今回のようなケースは珍しくはない。

そりゃあそうだろう。

自分のことを知らないと言われれば誰だって困惑するに決まっている。


それが殺人につながることだってあり得る。


さぁ、明日は明日の風が吹く。


彼女のことはもう忘れよう。

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記憶買取屋 おかゆ @okayu16

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