かつての思い出

上月祈 かみづきいのり

かつての思い出

 僕の嫌いな経験というとね、これは他でもなく小学生の頃にきまってるね。なぜかというとだね、この頃の僕はよく太っていた。亜硝酸ナトリウムを加えていい色をしたフランクフルトみたいだった。

 小学生は基本的に頭がよくないと思っている。それはもちろん、人生の中でって意味だよ? とにかく頭は良くない。

 だから基本的に行動というものには本能が見えていたりする。ジャニーズの映るテレビを見て、朝方のニワトリのようにけたたましく叫ぶ僕の母親と同じように、小学生は本能的だ。

 僕はフランクフルトみたいななりをしていたから、よくいじめられていた。アイツらにとっちゃ、料理しているつもりかもしれないけどさ。全く、火加減はちゃんと見て欲しかったね。

 ああ、そうだった。君は僕に「嫌な経験はないか?」ってきいたんだったね。

 あるよ、とっておきのが。臓物の腸詰みたいな、とっても鼻をつまみたくなるようなものがね。まっ、お話だから耳を塞ぎたくなるかもしれないけどね。それは許さないよ。僕はね、生半可なちょっかいを出す奴がキライなんだ。こういうのは、皿まで食ってもらうと、昔々フランクフルトだった僕は未練なく来世のことを考えられる。ジョークだよ。

 それじゃ、メインディッシュにいこう。

 さっき、小学生は本能的だって言っただろ?

 でも先生の前ではお利口さんなんだ。これは頭がいいからじゃない、本能的に危険を察知するからなんだ。

 僕は泣くのが嫌いだったから、泣きはしなかったよ。今でもそうだ。でも誰かに相談したり、訴えたりするのは苦手だった。

 口下手で、泣きはしないけど気が小さくて、おまけに自分のせいだって思い込んじゃったりしてさ。

 そして何よりの外的要因として、大人っていうのはだね、小学生よりも賢い代わりにそういう感覚というか、アンテナが致命的にだめなんだな、これが。屋外でも電波を拾えないラジオみたいに、どうしようもないんだ。ラジオと同じさ。見てくれは良くても声を聞いてみれば何を言っているのかわからないんだからね。

 それでね。僕はまぁいじめられていた。物を隠されたり壊されたりはしなかったけどね、みんな良く殴ったり蹴ったりしてきたよ。頭が悪いからね、サンドバックとフランクフルトの違いがわからないのさ。

 ある時の話だ。いつも通りに叩かれてたよ。いつも通りに耐えていた。それがいつも通りじゃないのは、誰かが僕の味方をしてくれたんだ。

 誰だと思う? 地味な女の子だよ。メガネと本と猫背が似合うようなね。でも、声は凛と通っていた。

「やめなよ」

 ってぼくの前に立った。

 もちろんやめるわけがない。むしろ二人とも一緒にしてやろうって顔してたさ。

 そしたら彼女、防犯ベルのピンを抜いたんだ。三ついっぺんにね。

 あいつらは、驚いたりうろたえたり、それを取り上げようとしたり。でも彼女は、とられまいとして、そのうちに先生が来たんだ。

 僕はね、女の子に守ってもらったのが悔しくて、未だに嫌なんだよね。少し前時代的なんだ。

 うん、これで話は終わり。メインディッシュのね。

 デザートとにいこうか。

 あれから僕は痩せたり、ボクシングを習ったり強くなろうとした。勉強もね、たくさんした。

 だから今は幸せだよ。いい奥さんもいる。胸の大きいいい女だよ。彼女に聞いたんだ。

「なんで、昔は猫背だったの?」って。

 そしたら、

「胸が大きいのが恥ずかしかったから」

 だって。

 愛おしいっていうのはこういうことなんだろうな。

 嫌な経験というのは生かしてこその値打ちありだと僕は常に信じているよ。

 妻は何があっても僕が守る。これも信念だ。

 これから生きていく上で、どんな皿を出されるか分からない。ニガヨモギを出されるかもしれないが、それはその時に考えるよ。

 嫌だった時間は過ぎ去って、今では愛おしい日々があるんだからさ。

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