星の広間

 前を歩くジョアンヌとひょうもどきの獣が話している姿は、実に奇妙だった。

 ルフィールは小走りで人語を話す獣の後ろに行き、おっかなびっくり尻尾しっぽを引っ張ってみたが、獣は振り向きもしなかった。


「思ったよりゴツゴツして硬い尻尾ですわ!」

 ズボンをずり上げながら、やってやったという顔で戻ってきた彼女はピートに報告した。

 彼はそんな彼女に苦笑いするだけだった。

「ルフィールさ。あの変な目を見りゃ、あいつは生き物じゃないってわかるだろ」

 さっきまで怖い顔をしていたキースは、すっかりいつもの顔に戻っている。

「キース、生き物じゃないなら、あれは何ですの?」

「あれは機械動物マキナルだろうな」

「マキナル……?」

「ギルモア軍需大臣が以前、動物を模した機械兵器の話をしていたのを聞いたことがある。それを彼は機械動物──マキナルと呼んでいた。近い将来、無人の機械動物マキナルが戦場で闘うことになるだろう、って言ってたな」

「えっ! じゃあ、あれはマキナリアの兵器なのですか……?」

 驚いてキースを見上げるルフィールに、彼は首を横に振った。

「いや、ギルモアはまだ機械動物マキナルの開発なんて始めてないはずだ。奴は空を飛ぶ兵器にひどくご執心しゅうしんのようだったしな」

「動物みたいな兵器に、空を飛ぶ兵器……。動物みたいな兵器に、空を飛ぶ兵器……」

 呪文のように何度もぶつぶつとルフィールがつぶやきながら歩いていく。

「キース、ルフィール様にあまり兵器の話はしないでください」

「悪かったな、ピート。もうよしとくわ」

 ルフィールが兵器好きなことをピートが懸念しているのを思い出し、キースは頬をかく。


 しばらく獣についていくと、水がぜるような音が聞こえてきた。

 少し早足になった獣を追い、一行はようやく茂みを抜け出た。

 そこは密林に囲まれた池のほとりだった。

 その先には滝の水が流れ落ち、水面は泡立って揺らいでいる。

 獣は何のためらいもなくその池に入っていく。

 池はあまり深くないようで、四つ脚の獣の胴体がわずかに浸かる程度だった。


「あの獣は池に入っていきましたけど、みなさん、どうします?」

 池のふちで王女が振り返り、みんなの意見を仰ぐ。

「あまり深そうじゃないし、もちろん行くぜ」

 キースが足下を確かめながら慎重に池に入っていく。見ると、腰まで届かないくらいの深さだ。


「さあ、ルフィール様は私の背中に」

 しゃがみ込んだピートの背にルフィールはぴょんと飛び乗った。

「じゃあ、王女様は私の背中に」

 水面を眺めて逡巡しゅんじゅんしていたジョアンヌの前にウォーターがしゃがみ込んだ。

「ありがとう。それでは、お言葉に甘えて」

 普段はおんぶなどされることがない王女は慣れない感じで、彼の背中に収まった。


 ゆっくりと水の中を進む一行が池の半ばまで来たころ、滝からなにかが飛び出してきた。

 そのなにかは池に落ちた途端とたん、派手な水しぶきを上げて暴れ始めた。


「あれは!」

 キースが足を速める。


「ぶわっ! だ、だれかぁ〜! ぶごっ! だ、だずげでぇ〜!」

 暴れていたなにかは、もがきながら池から顔だけ出して叫んだ。

 キースがすぐにたどり着き、両手でそいつの脇を支える。


「落ち着け、セフィール。立てるだろ」

「げぼっ! げぼっ! おおおおぇ──、おぇ──」

 彼に支えてもらったセフィールは水を気管に入れたのかえずいている。


「お姉様、心配しましたよ。無事でなによりですわ」

 ルフィールがピートの上から、キースに背中をさすってもらう姉に声を掛ける。

 溺れかけたセフィールは精彩に欠けた顔で彼女を見上げ、苦しそうに笑い顔を作った。

 獣はそんな彼女たちを一瞥してから、流れ落ちる滝のまっただ中にび込んだ。


「あの機械動物マキナル、滝の向こうに行っちゃいましたわ」

 ピートの頭に片手を置いたルフィールが、もう一方の手で滝を指さす。

「俺たちも続こう!」

 ウォーターが落ちてくる水を見上げ、頭を何度か前後させて勢いをつけた後、滝の向こうに消えた。

 それに続き、キースとセフィール、ピートとルフィール、しんがりにバンクスがんだ。


「滝の裏は洞窟になっていたのか……」

 薄暗い穴の中、キースが天井の岩肌を仰ぐ。

「結構、広い穴ですね」

 バンクスがつぶやく。

 確かに背の高いバンクスが手を上に伸ばしても、天井には届かないくらいの高さがあり、横幅も楽に二人が並んで歩けるくらいの広さがある。


「結局、頭から濡れちゃいましたわ」

 ルフィールはピートの背中から降り、濡れてしぼんだ金髪を指ですいた。


「この先に行くのかしら? 奥はとても暗いわ……。どうしましょう」

 ジョアンヌがつぶやくと、獣の目から光が出て穴の中を照らした。

 真っ暗だった洞窟の奥は、ずっと先まで続いているようだ。


「やっぱり、あの獣は機械ですわ」

 ルフィールがキースのほうを向くと、彼はうなずいた。

「マキナリアより先にどこかの国が機械動物マキナルを実現したんだろうな」

 軍事面の科学力と工業力はギルモア軍需大臣が率いるマキナリア共和国が群を抜いているように思えたが、世界にはその上を行く国があるらしい。

 顔以外は生き物にしか見えない機械動物マキナルをまじまじと眺め、キースは感嘆した。


「セフィール待たせたな。怖かったか?」

 獣の後ろを歩きながら、キースはセフィールの濡れた頭を撫でた。

「うん、怖かったけど、私すぐに気絶しちゃったから……」

 彼女はキースの手をきつく握った。


 洞窟はゆるくうねりながら、奥へと続いていた。

 獣から離れないように一行が進むと、前が開けた。

 どうやら広い空間に出たようだ。

 だが、明かりが届かないので、そこがどのくらいの広さなのかがわからなかった。

 すると、闇を照らしていた獣の光が急に消えた。

 漆黒の闇に閉ざされ、息苦しいような圧迫感に慌てるセフィールたち。


「真っ暗だよ!」

「おいおい、誰かライターでもいいから明かりを点けろよ!」

「ひ、ひっく……、ひっく……」

 セフィールはびっくりし過ぎて、しゃっくりが出始めた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。バッグに懐中電灯が……」

 バッグをまさぐる音とバンクスの声がした。

「みんな、慌てないで。ちょっと準備をしているだけだよ。すぐに明かりは点くから」

 闇の中、獣がしゃべった。


「あった!」

 バンクスの声がしたかと思ったら、空間全体がほのかに白く光り始めた。

 バンクスはまだ点けていない懐中電灯を握り、宙を仰いだ。

「ありゃ? これはもう要らないかな……」


「お兄様、いったい何なのですか、ここは……?」

 ジョアンヌが広間の中央で伏せている獣に問いかける。

 彼女たちが立つ広間はきれいな半球状のドームで、ちょっとした礼拝堂くらいの広さがあった。

 その壁の表面全体が淡く白い光を放っている


「今から君たちに面白いものを見せてあげるよ」

 その言葉と同時に、広間の明かりが再び消え、闇の中に無数の点が浮かび上がった。


「夜空の星みたいですわ!」

 ルフィールが驚嘆の声を上げる。

「ほんと! き、きれい……、ひ、ひっく!」

 しゃっくりが止まらないセフィールは体を回しながら、首を巡らす。


「お兄様、私たちにこんなものを見せて、どういうつもりなのですか?」

「ジョアンヌは相変わらずせっかちだなあ。もうちょっと見ててよ」

 獣がそう言うと、無数の星がドームの頂点を中心に放射状に流れ、広間が外のように明るく照らし出された。

 やがてその光は徐々に薄れていき、闇の中、大きな燃えさかる球体がドームの真ん中に浮かんだ。

 その真っ赤な球体の表面からは、弓なりに炎の柱がいくつも噴き上がっている。

 高さがもっと低ければ、手で触れられそうな球体。

 その映像に釘付けになり、そこにいるみんなが言葉を失った。


「それは太陽だよ。近づくとそんな感じなんだろうね」

「た、太陽って、ひ、ひっく……、昼間の空にある、あれ?」

 映像で赤く顔を染めたセフィールがたずねる。

「そうだよ。じゃあ、次はこの星だ」


 今度は真っ青な美しい球体が宙に浮かんだ。

 その表面を細かい白い筋がいくつも取り巻いている。


「ジョアンヌ、これが何の星だかわかるかい?」

「ええ、きっとこの星ですね。お兄様」

「うーん……、正解だ。どうしてわかったの?」

「だって、海の色みたいにきれいですもの。そうに違いありません」

「へえ、これがこの星なのですね……」

 青く顔を染めたルフィールが目を丸くして、映像に見入る。

 同じくそれに見入っていたピートが声を漏らした。

「ところで、この映像はどうやって撮ったのでしょうね」


「いいところに気がつきましたね。これはこの星にやって来た探求者シーカーが撮影したものだと僕は思います」

「撮影したってことは空の上からかよ?」

 今度はキースが声を上げた。

「もちろん、そうでしょうね。彼らは星の彼方からこの星に来たのですから」

「星の彼方から……?」

 キースがそうつぶやくと、青い星が消え、広間全体が明るくなった。

 中央で伏せていた獣がのっそりと起き上がり、奥へ歩いていく。


「続きは会って話しましょう。みなさんこちらへ」

 獣が首だけ振り返り、こっちへ来いという感じで尻尾しっぽを振った。

 一行は顔を見合わせてから、広間の奥へと進んだ。

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