ハミルズ王子
広間の奥はまだ洞窟が続いていた。
しかし暗闇というわけでなく、岩肌のところどころが光り、足下も充分に明るかった。
高さと横幅も入ってきた時の二倍はあり、狭苦しさを感じない。
「あれ……? ひっく……、な、何だか地面の感じが変わったよ」
相変わらずしゃっくりの止まらないセフィールが立ち止まり、下を向く。
他の者も立ち止まり、足下を確認した。
デコボコした岩肌の地面がプツリと途切れ、似たような色のまっすぐな平面になっている。
「本当だ。これは鉄かなにかみたいだな」
キースがブーツの
洞窟の中で音がよく反響するので、小気味よく
ピートも地面に足を打ちつけてみた。
「確かに……。
セフィールとルフィールが落ちそうになるズボンをずり上げながら、面白がって何度も地面を蹴り始めた。
「あ──! お前ら! うるさいから、やめてくれ!」
騒音に耐えかね、両耳を押さえながらキースが声を上げる。
「ルフィール様、あまり子どもっぽいことはしないようにしてくださいね」
「あっ……!」
ピートがルフィールをたしなめると、すぐにおとなしくなって、恥ずかしそうにうつむいた。
「お前もいい加減にしろ!」
セフィールはキースが頭を叩いて、やめさせた。
夢中で地面を蹴っていたからか、頭を叩かれたせいかはわからないが、彼女のしゃっくりは止まったようだ。
そんなことをしている間に、獣とジョアンヌたちはずいぶん先を歩いていた。
四人は急いで後を追う。
王女たちに追いついた先は階段になっていた。
それは自然にできたものでなく、明らかに人為的に石を積み上げて作ったものだ。
白く光る壁にぼんやりと照らされた階段が、まっすぐに上へと続いている。
獣はその階段をゆっくりとのぼっていく。
獣の後を進んで、建物三階分ほど上がったところは踊り場になっており、そこで終わりだった。
その先は壁があり、もう進むことができない。
「かなり高いところまで来ましたね」
ジョアンヌが息を整えながら、のぼってきた階段を見下ろしてつぶやく。
「それにしても、こんなところに来て、どうするんだ?」
行き止まりになっている壁をキースが叩く。
壁は先ほどの地面と同じように金属みたいな物でできており、表面がつるんとしていて、つかみどころがない。
ウォーターとバンクスは壁になにかないか、しゃがんだり立ったりして調べている。
「お兄様、全員上がってきましたよ」
ジョアンヌが獣に話し掛ける。
すると獣が天井を仰ぎ、遠吠えをした。
尾を引くような残響がかすれるように消えていく。
その直後、重苦しい音と共に、壁が舞台の
徐々に見えてくる、壁の向こう側。
その光景に、一行は驚きのあまり息を飲んだ。
そこはまるで王宮の
百人は入れそうな広間の床は、赤や青の色鮮やかな石が幾何学模様を型どって敷き詰められている。
天井はかなり高く、教会のステンドグラスのような天窓から、虹色の光が降り注いでくる。
そして一本の深紅の絨毯が道のように続く、その先の大きな椅子に男が座っていた。
袖のないベストのような白い上着に、ゆったりとした白いズボンを履いた男は片肘をつき、こっちをじっと見ている。
「ハミルズお兄様!」
ジョアンヌが男に向かって走り出す。
彼女と同じ褐色の肌をした男は、肩にかかる長い黒髪をはらってから、立ち上がった。
「やあ、ジョアンヌ。久しぶりだな」
王女がハミルズに飛びつく。
彼女の勢いを受け止めきれず、少しよろめく。
体勢をどうにか取り戻した彼は、彼女の頭を優しく撫でた。
「こんなところまで、よく来たね」
王女は彼の胸で泣いているのか、声を詰まらせてひとつうなずくだけだった。
「ところで、ここは何なのでしょう?」
ハミルズの前まで来たピートがたずねる。
教会のような雰囲気に感銘を受けたのか、聖職者の彼は盛んに周囲を見回している。
ジョアンヌを胸からそっと引き離し、ハミルズがピートのほうを向いた。
ピートを見るハミルズの顔は整っており、兄妹だけに目鼻立ちはジョアンヌによく似ている。
「僕にもまだわからないけど、司令室かなにかじゃないかと思うんだ」
「司令室……?」
「僕にもまだよくわかってないから推測だけどね。ところで……あなたは?」
「ああ……、失礼いたしました。私はピート・ロトシールドと申します。王子殿下」
「ピートさん。王子殿下だなんて堅苦しいから、ハミルズでいいよ。僕は王室を出た身だし」
はにかむように真っ白な歯を見せ、笑うハミルズ。
それからキースやセフィールたちも彼に挨拶をした。
「ねえ、ハミルズさん。その豹もどきには名前があるのかしら?」
ルフィールが彼の横にはべる獣を指さす。
「ああ、こいつはクーガっていうんだ。僕が付けた名前だけどね」
「クーガ!」
それを聞き、キースの後ろからセフィールがちょこちょこと手の先を動かして獣を呼んだ。
獣は首を伸ばし、彼女のほうを向いてから甘えるように
「クーガ!」
今度はルフィールが呼ぶと、そっちを向いて同じように喉を鳴らす。
体を動かせば、その顔が呼んだ者の動きを追う。
試しに小走りで少し離れたら、立ち上がって近づいてきた。
呼ぶとついてくるのが面白くて、セフィールとルフィールは広間を駆け回り始めた。
それを見ながら、やれやれ顔でキースが言う。
「さっき注意したばかりなのにな……。まあ、お子様のあいつらは放っておいて、こっちはこっちで話しましょう」
ジョアンヌがそれにうなずく。
再会に流した涙を指でぬぐい、少し眉を吊り上げてハミルズをにらむ。
「お兄様、もうすぐ私の婚礼です。もうこんな
「おいおい、
「お兄様は【はじまりの島】を見つけたじゃないですか。そろそろ戻って、父の後を継ぐ準備をしてくださらないと」
「ジョアンヌ、勘弁してくれよ。僕は国を継ぐ気なんか、さらさらないからね」
「それでは私がイーステラル王家に嫁いでしまったら、シンバ家に国を継ぐ者がいなくなってしまいます」
「まあ、いいんじゃないの。その時はきっと親戚の誰かが引き継ぐよ」
のんきな顔でそう言うと、ハミルズは椅子に腰を下ろした。
はたで二人の話を聞くキースにしてみれば、せっかく自分の国があるのに、それを手放すなんてうらやましい限りだった。
今、広間ではしゃぎ回っているセフィールとルフィールには、帰りたくても自分の国なんて存在しないのだから……。
とはいえ、これはサザンテラル王家の問題だ。口をはさむ筋合いでもないので、黙っていた。
「では、お兄様はいつまでこの島にいるつもりなのですか?」
「うーん、まだこの島って謎だらけなんだよね。たとえば、さっき星の映像を見たよね」
「ええ、すごく不思議な映像でした。あれは
「そうなんだ。あんな仕掛けがこの島のあちこちにあるみたいだけど、ほとんど使い方がわからないんだ」
「では、一度国に戻ってから、またこの島を訪れたらよいではありませんか。島が逃げるわけじゃないのですから」
そう訴える妹の瞳を見据え、ハミルズがつぶやく。
「いや──、この島は動くんだ」
「島が動く……? お兄様、そんなバカなことが……」
「僕も信じられないけど、実際この島はみずから動いてここまで来たんだ。それはおそらく……」
「おそらく……、何ですか? お兄様」
ハミルズは広間の向こうでクーガに追われているセフィールに視線を向けた。
「おそらく、この島はあの王女に呼ばれて動いたんだ」
「えっ、王女……?」
ハミルズの見る先に目を向けるジョアンヌ。
そこにいるのはトライ・ラテラル国の難民の少女だ。
大笑いしながらクーガに追われ金色の髪を揺らしている。
「彼女が王女ですか……?」
ハミルズは大きくうなずく。
「ああ、彼女は33王家の正統な血を受け継ぐ者だ。しかも
兄の目をまじまじとのぞき込むジョアンヌ。
彼の瞳は好奇の色をにじませ、セフィールを一心に見つめていた。
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