新生マキナリア共和国
先の世界覇権大戦からほどなくして、暴走する軍部により王制が転覆、その名を改めたのだ。
新生マキナリア共和国──、
これがかつてトライ・ラテラル王国が領有していた国土を引き継いだ新国家の名前である。
王国の君主であったリト王は軍により暗殺、王族はことごとく捕縛され、孤島の刑務所に幽閉された。
トウシュ大総裁率いる共和党政権は傀儡に過ぎず、全ての実権は軍需大臣のグレゴリー・ギルモア卿が掌握していた。
ここは新生マキナリアの新首都ディロンリード。
その郊外、武装強化区画に広大な敷地を有する軍の秘密兵器工場に、戒厳時間帯の深夜であるにも関わらず一人の男が訪れていた。
この男こそ、トライ・ラテラル王国を瓦解させた張本人、グレゴリー・ギルモア軍需大臣であった。
ギルモアは人一倍大きな体躯を揺らしつつ、装甲機動車から地面に降り立った。
頑強な塀に取り囲まれ
「我は例の試作機が完成したと聞いて、来たのであるが、それは真実か?」
それに総白髪の所長がもみ手で答える。
「はっ! 軍需大臣閣下。さようでございます。完成したら一刻も早くとのことでしたので、このような夜分にも関わらず、失礼ながら連絡差し上げた次第でございます」
「大義である。では、我を案内せよ」
所長は深々と頭を下げてから、ギルモアと彼の護衛兵を
感情を滅多に表に出さないギルモアが、その容姿を見て、思わず声を漏らす。
「これが
その声に満足そうに所長がうなずく。
ギルモアは他の物が一切視界から消え失せたように、早足で
硬質の音が響き、天啓を待つ信者のようにギルモアが目を細める。
「我が思うに、この大きなスクリューのような物が推進器になるのだな?」
「さすが、ギルモア閣下、初見で言い当てるとは見事でございます」
所長の世辞にギルモアは笑みを浮かべることもなく、逆に険しい表情で彼を見返した。
「我が思うに、この推進器はいささか無骨きわまりないのである。空の覇者たる者、もっと流麗でなくてはならぬ」
ギルモアの拳が推進器の羽を何度も叩く。
所長がそれに言い淀みつつ弁明する。
「そ、それが……、サルベージした発掘沈没艦から発見した設計図には、スクリューのない航空機らしき物もあったのですが、我々研究者にはいまだその原理が解明できておりませんもので……」
ギルモアは感情の消えた冷徹な目で所長を見下ろし、一喝。
「諸君らに厳命する。至急、解明せよ」
肉食獣ににらまれた小動物のようにおびえた所長は、「ギ、ギルモア閣下! りょ、了解しました!」と頭を下げ、今にも転びそうな勢いでその場を去った。
ギルモアはそんな彼のことなど忘れたかのように、改めて
「我が思うに、海の時代はすぐに終わるのである。唯一、空を制する新生マキナリアが世界を支配する時は近いのである」
ギルモアは確かめるように拳を握り締め、そう宣言した。
◇◆◇
大海原に真っ白な航跡を残し、進む高速艇トライトン。
キースとジョアンヌ王女は、いなくなったセフィールを探して、艦橋に入った。
「あっ! こんな所にいやがった。セフィール、お前、朝食はどうする?」
キースが声をかけるが、艦長席に座るセフィールからは返事がない。
背もたれに寄りかかり、虚ろな目でぐったりしている。
「おい、聞いてるのか? 朝食はどうするんだ?」
「朝ご飯なら要らない……。どうせ吐いちゃうもの……」
「やっぱり船酔いしたのか、お前?」
「そうじゃないけど……。とても気分が悪いの……」
「そうか、じゃあ仕方ないな。だが、そこに座ってると艦長にまた叩かれるぞ」
「いや、問題ないよ。キース君……、だったかな」
快活な声に振り返ると、艦長のラトリッジがいた。
ラトリッジのズボンはびしょ濡れだ。波でもかぶったのだろうか?
「我が誇り高きサザンテラル海軍軍人は、この大海原のように心が広いのだよ」
ラトリッジはセフィールの後ろに回ると、なれなれしく彼女の金髪を撫でた。
キースの横では、ジョアンヌが、さもあらんと満足げに何度もうなずいている。
「ところでラトリッジ艦長、今後のことでお話がありますので、ちょっと」
ジョアンヌはラトリッジと二人で艦橋中央にある海図に向かう。
「さて、俺はなにしてりゃいいのかな?」
やることがないキースは、死んだ魚のような目をしたセフィールの顔をのぞき込んだ。
「ほら、あそこにニジイロタカアシガニがいるぞ、ほら、ほら」
キースが挑発するが、セフィールはまったく興味を示さない。
「こりゃ、重症だな……。仕方ねえから朝飯食ってから、船の掃除でもするか」
キースはお疲れの様子のセフィールを残し、食堂へ向かった。
◇◆◇
ルフィールとピートは魚雷格納庫にいた。
狭い鉄板の通路の両端に大人の背丈の三倍くらいの、細長い魚雷が並べられている。
「これが魚雷ですの?」
ルフィールは右に左に頭を振って、魚雷を熱心に見回している。
二人を案内した若い整備員が、
「そうだけど、危ないから触っちゃダメだぞ」と注意したそばから──。
ルフィールは犬にでもじゃれるように、いとおしそうに魚雷に頬ずりをした。
「ああ、魚雷さん。あなた、とっても冷たいわ!」
それを見て慌てるピート。
「ああ、ルフィール様、彼が危ないと今しがた言ったばかりじゃないですか」
「こんな場所にあるんですもの。信管はまだついてませんわ」
「ですが、ルフィール様。私たちがいては、仕事の邪魔でしょう」
「いいえ、この
ルフィールの鼻息は荒い。頬も紅潮して、とても興奮しているようだ。
「いや、いや、こんな所で爆発しちゃ困るでしょう、というか死んじゃいます。ルフィール様」
ピートがルフィールの腰を引っ張るが、魚雷にしがみついて離れようとしない。
「なんて、すべすべしたお肌ですこと」
そのルフィールを何度もピートが引っ張り、ようやく彼女は魚雷から離れた。
「ところで整備員さん。魚雷を発射したことはありますの?」
二人の脇で苦笑いしていた整備員が答える。
「発射試験ならあるけど、実際の船に撃ったことはないね」
「そうなのですか。まあ、使うことがないのがいちばんでしょうけど。この
ルフィールは聖母のようなやさしい目で、横たわる魚雷を見つめた。
そして、その一本に「うふふ」と微笑みかける。
従者のピートはこんなルフィールが時々心配になることがある。
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