サザンテラル海軍高速艇

 シンバ王は「さあ、行け」と外を指し示したが、父の許しが出たなら、「しっかり準備しましょう」とジョアンヌ王女は宮殿に戻った。

 彼女は侍女たちに指示をして、旅の準備をさせた。


「セフィールとルフィールも服をもっと用意しないとね」

 願ってもない展開に二人ともうれしそう。

 二人の呼び方もルフィールの希望に合わせて敬称がなくなっている。


「キースさんとピートさんはこれを着てください」

 ジョアンヌは軍服らしき物を二人に差し出す。これをセフィールが慌てて止めた。

「キースはいいけど、ピートはダメ!」

「セフィール、どうしてかしら?」

「ピートは牧師の格好をしてないと、ダメ人間になってしまいますの」

 セフィールの代わりにルフィールが答えた。

 ピートを除く三人は苦笑い。

 ピートはといえば、「どういうことです? 私は聖職者の戒律により、この服を着用しているだけですが」と不思議そう。


「いいから、ピートはそのまま! いいこと!」

 犬をしつけけるような物言いで、ルフィールは腰に手を当て叱る。

 ピートは首を傾げ、相変わらずわかってないようである。


 キースが控え室から着替えて出てくると、ジョアンヌの顔つきが変わった。

「まあ、キースさん! 我が国の軍服が似合いますこと!」

 彼女はキースに体を寄せ、今にもくっつきそうだ。

 息がかかりそうな距離で、キースは露骨に戸惑っている。


「王女様、ダメ、ダメ! 離れて、離れて!」

 またセフィールがダメ出しし、ジョアンヌとキースの間に割って入る。

「セフィール、別にキースさんを取ったりしませんよ。私は婚約者がいますし」

 王女は軽く笑うが、セフィールはちょっとふくれっ面だ。


「まあ、親父がこの国の出身だし、似合うかもな……」

 キースはポリポリと頬を掻く。まんざらでもなさそうな顔だ。

「そうですよ。キースさんは男前ですもの」

 ジョアンヌがキースをおだてると、キースの顔がにやけた。

 セフィールは思い切りキースの足を踏みつけた。


「痛ぇ────────!」


 回廊に鳥のように甲高いキースの声がこだました。


 ◇◆◇


 宮殿の橋を降ろし、堀を渡る。

 堀の幅は大きな船数隻分で、満々と水を湛えている。

 その上を屋根なしの高機動車ハイモビルで通過する。

 セフィールは堀が珍しいのか、車から身を乗り出し、眺めている。


「セフィール、堀に落ちると大ワニザメに食べられてしまいますよ」とジョアンヌが注意。

「大ワニザメ、どこどこ?」

 セフィールが本当に落ちそうなくらい乗り出すので、キースが腰をつかんだ。

 にわかに真っ暗な水面がざわめき、そこから黒い大きな生き物が飛び上がってきた。

 キースが慌ててセフィールを引き戻す。

 彼女の頭のすぐ横を、大きな生き物の大口がかすめた。

 その生き物は悔しそうに、『グギギ』と気味の悪い声を出しながら落ちていき、盛大な水飛沫を跳ね上げた。


「いっ、今のが、大ワニザメ?」

 興奮冷めやらぬセフィールが水面を指さす。

「もう一度同じことをやったら、確実に大ワニザメに食べられちゃいますよ」

 王女の言葉に、セフィールは車の座席の中央にそそくさと移動した。

「これじゃ、宮殿に忍び込むヤツなんかいないだろうな」

 キースが冷や汗を手でぬぐいながらぼやく。

「今度ピートが粗相をしたら、この堀に投げ込みますわ」

 ルフィールが半眼でそう言い、隣のピートの腿を叩いた。


 みんなをのせた高機動車ハイモビルは宮殿を出て、高速艇の停泊する港へと向かった。


 ◇◆◇


 すっかり夜も更けた街を通り抜け、波の音が聞こえてきたころ、高機動車ハイモビルが停まった。


「さあ、皆さん、ここで降りてください。軍港はすぐそこです」

 先を急ぐジョアンヌに続き、四人は荷物を降ろし、それを追った。


「さすが王女様だ。自分で荷物を持ったりしねえな」

 少し先を行くジョアンヌの背中を見て、キースが小声でささやく。

「私もいちおう、王女様なんだけど」

 セフィールが不満そうにキースを見上げるが、キースの両手は荷物でいっぱいだ。

 仕方なくセフィールは少し手に余る大きさの鞄を引きずるように運んだ。

 その横、ピートがルフィールに、

「ルフィール様、私がお持ちしましょうか?」と訊くと、

「子どもじゃありませんから、ご心配ご無用」とそっぽを向かれた。


 建ち並ぶ倉庫を横目に歩いていると、中型戦艦程度の鋼鉄船メタルシップが見えてきた。

 それは昼間見た高速艇だった。

 その船体を見上げ、ジョアンヌが自慢げに語る。


「これが、我がサザンテラル海軍が誇る最新鋭高速艇、名前は……、名前は……、あれ、名前はなんだったかかしら? まあ、いいか」

 中途半端に口上を中断し、ジョアンヌはタラップを昇っていった。

 荷物を引きずるセフィールたちも、それに続く。


 甲板に上がると、白っぽい服装の水兵が一人、王女の姿を見つけ敬礼した。

 彼女がその水兵になにかを言うと、彼が王女を先導した。

 セフィールたちは物珍しさに甲板を見回した。

 高速艇という速さが売りの船のせいか、重量を軽くするため、武装は最小限のようだ。

 前方部に小さな一門の主砲らしき砲塔、小ぶりの艦橋の横には大きな筒がある。

「あれはなんでしょう?」とピートがその筒を指さす。

「きっと魚雷発射管ですわ!」とルフィールの目が輝く。

 セフィールは荷物を持ち疲れたのか、ぐったりと鞄の上に腰掛けている。

 そうしていたら、水兵が数名艦橋から走り出てきて、四人の荷物を全部持っていった。


「さあ、四人とも早く! 艦長がお待ちかねです!」

 艦橋の入り口からジョアンヌが呼ぶ。

「ジョアンヌ王女、なんだかうれしそうね」とセフィール。

「そうだな。お兄さんを捜しに行けるのがうれしいんだろうな」

「早く会えるといいですわね」

「お兄さん? 何のことでしょう? ルフィール様?」

 一人だけ成り行きでついてきて、事情のわからないピートであった。


 ◇◆◇


 父親が騎兵だったラトリッジは海軍に入ったことを後悔していた。

 幼いころから父親と一緒に馬に乗り、荒野を駆け巡っていた。

 体全体に風を受け、疾走する感触。

 激流のように視界を流れて過ぎていく景色。

 胸が躍り、血が沸き立つようなあの高揚感。

 それが船では感じることができなかった。


 親父に反発して、海軍なんかに入るんじゃなかった……。


 いつしか、そう思うようになっていた。

 しかし、幸か不幸か、先の大戦から騎兵隊も機械化兵団に取って代わられ、兵士が戦場を馬で駆け抜ける時代も終わりを告げた。

 父と同じ騎兵隊に入っていれば、馬を奪われ、きっと失意の底にあっただろう。


 だが、そんなラトリッジにもツキが回ってきた。

 大国のように弩級戦艦を建造できないサザンテラル王国は、艦船の高速化に活路を見いだしたのだ。

 そして、幸運なことにその一番艦艦長の役回りが若きラトリッジに回ってきたのだ。

 単に実験艦をテスト航海させるための責任者に過ぎなかったのだが、彼にとってそんなことはどうでもよかった。

 幼いころに感じた──。

 あの心躍る高揚感が、ラトリッジの心に再びよみがえったのだ。


 ラトリッジはこの実験艦で、行く手を阻む物がなに一つない海原を、狂ったように駆け巡った。

 それはもう主機関が悲鳴を上げ、きなくさい煙を噴き上げるまで、毎日のように。

 そしてまた、いつしか、サザンテラル沿岸での繰り返しにも飽きたラトリッジはこう思うようになった。


 もっと荒れ狂う大海原を思う存分、突っ走りたい!


 そして、とうとうこの日がやって来た!


 高速艇トライトンの艦長ラトリッジは、ジョアンヌ王女に同乗する四人の難民を紹介された。


 一人は浅黒い肌の男で、海軍の軍服を着ていた。

 しっかりした体躯の男で、どう見てもサザンテラルの兵士にしか見えない。

 まあ、百点満点なら80点といったところだ。


 もう一人の銀髪の男は、どう見ても牧師だ。

 かなりの美男子だが、見るからにヤサ男でいけ好かない。

 我がサザンテラル軍の艦船に乗船させるなどとんでもない話だが、聖職者なら仕方ない。

 点数は15点だ。一般人だったら0点で、即刻海に放り出すところだ。


 そして、軍隊には似つかわしくない少女が一人。

 美しい金髪の少女で、可愛い目で愛想よく笑っている。

 身のこなしも上品で気品を感じる。難民にしておくのはもったいないくらいだ。

 この船が珍しいのか、目をキラキラさせ、憧れの眼差しで艦橋を見回している。


 そうだろう、そうだろう。なんといっても俺様の船だからな。

 この少女には特別に95点をやろう。


 最後に、双子だと言われたが、髪の色が同じだけで、態度のでかい少女が一人。

 既に俺の艦長席に我が物顔で座ってくつろいでいる。

 本当に双子なんだろうか? どうも目つきが違う。

 気品も感じないし、言葉遣いも横柄だ。


「おっちゃん、このボタンはなに?」

 計器を勝手に触ろうとしたので、頭をはたいてやったら、涙目で逃げ出した。

 奴に点数など不要だ。

 ステータスは、『弱い』、『うるさい』だ。


「艦長! 私の客人にひどいことをしないでください!」


 ジョアンヌ王女に叱られてしまった……。


 奴を懲らしめる時は、場所を選ばねばいけないな──。


 ラトリッジは、四人の難民を厄介に感じつつも、これから赴く未知の大海原に期待を膨らませるのであった。

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