第56話

 璃兵衛とレンが何かを言うよりも先に、茜は笑顔で告げた。

 年相応の笑顔には赤よりも萌黄色の着物がよく似合う。


「なら、これは返さないとな」


 璃兵衛は茜の髪にそっと茜から預かっていた櫛をさしてやった。

 櫛からは赤くいびつに咲いていた花は消えていた。


「ええの? これ、うちが店に持ってきたやつなのに」

「持っていくといい。母親からもらったものだろう」

「うん……」


 ふたりのやりとりをじっと見ていたレンは首に下げていた守り袋から小さな紙を取り出すと茜に渡した。


「なんなん、この紙?」

「俺の棺に一緒に入れられていた護符の一部だ。お前と母親のあの世での道行きを守ってくれるはずだ」

「……おおきに、鬼のお兄ちゃん!」

「俺は鬼ではないと……まあ、いい。気を付けていけよ」

「うん! ほんまおおきに!」


 茜はレンからもらった護符を大事そうに握り締めて笑うと静かに消えた。


「逝ったのか」

「ああ。あの子なら母親ともすぐに会えるだろう。死んだ後も母親のために必死で墓を掘り返し、俺達に頼みに来たくらいだからな」

「そういう理由があるなら、早く言え」

「俺のことを平気で墓を掘り返しそうなやつだと思っていたお前にか?」


 璃兵衛のもっともな指摘にレンは言葉を詰まらせた。


「それは、悪かったと思っているが……そもそもお前は普通ではない。墓を掘り返したり、殺されそうになっていても平然としていたり……大体だ、バーを軽々しく飛ばすな、カーを簡単に渡すな。病弱なお前は健康な人間よりもバーもカーも弱いんだ。何かあったらどうする」


 いつになく饒舌なレンを璃兵衛は不思議そうな顔で見ていた。


「なんだ、その顔は」

「いや、まさかとは思うが……お前、俺を心配していたのか?」


 一気にまくしたてたレンにどうにか問いかけた璃兵衛にレンは不思議そうに首を傾げた。


「悪いか?」

「いや……お前、前に自分にはカーがないと言っていなかったか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る