第3話

「噂なら、気にするだけ無駄だ。否定したところで、また別の噂が生まれる。お前が店に来た時もそうだっただろう」

「それは、そうだが」


 璃兵衛が言うように、この店にレンが立つようになった当初は珍しい容姿のレンを見たさに店先にはひっきりなしに人が訪れていた。


「それなら、あの世から追い返された青い目の店主がいる唐物屋と言わせておいた方が箔がついていい」

「箔、と言ってもいいものなのか?」

「あぁ、箔だ。少なくとも俺にとってはな」


 無理に口を閉じさせるのではなく、うまい餌で口を開かせれば、ただの噂もいい宣伝になると璃兵衛は考えていた。


 この姿を見た他人がどう感じるかはわからないが、目の色や容姿を餌に他人の口を開かせることくらい可愛いものだ。


 他と異なるものは目や心を惹きつける。

 そして時にそれらは魔性と称されることもある。


(果たして無意識の美は傲慢か、それとも無関心なだけなのか……)


 傲慢、無関心。どちらにしても璃兵衛からすれば、ひどくレンらしいと思える。


(だからこそ、彼は異国であのような存在だったのだろう)


 璃兵衛は改めてレンへと目を向ける。


 璃兵衛とは違う日に焼けた健康そうな肌に、捲られた袖から見える腕。

足首のあたりで編み上げられた下駄の鼻緒。


 その瞳は璃兵衛がもっていたかもしれない黒色だ。


(一体、なんの因果か……)


 ふと璃兵衛の目の前に影が落ちたかと思うと、レンの手のひらが視界をさえぎる。


「おい、こんなことで魂を飛ばそうとするな」

「所かまわず飛ばしはしない。逃げられでもしたら大変なことになるからな」

「そう言うなら見てみろ」


 レンから手渡された鏡をのぞいてみると、そこに映る璃兵衛の目は薄暗い店内でぼんやりと輝いているかのように見えた。


(なるほど……)


 璃兵衛は自身が思っていた以上に、レンに意識や色々なものを随分と傾けてしまっていたようだ。こうなってしまってはごまかしもきかない。


「そんな鬼のような顔をすることはない。少し考え事をしていただけだ」

「まさかとは思うが、よからぬことを考えているんじゃないだろうな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る