2068年編

華族専用学園

 僕は教室の窓から、ぼうっと外を眺めるのが好きだ。

 人からはよくぼんやりしていると言われるけど、特に気にはしない。

 僕の中の時間の流れが人よりゆったりしている、それだけのことじゃないかと思うんだ。


 外はこのところずっと雨。
 ねずみ色の重苦しい雲が空一面を覆っている。


 日本の景気もずっと雨降りばかりだ。

 昔は経済大国とまで言われたらしいけど、信じられないや。

 僕は景気が良かった頃の日本なんて全く知らないし。

 父さんから聞いた話によると、高層ビルやマンションがひっきりなしに建設された時代もあったとか。

 ところが、今は人口減少がひどくて、都心部でさえ空き地と廃ビルが目立つようになってきてる。じきに東京が丸ごとゴーストタウンになりそうな勢いだよ。

 これじゃ、国の再興のために政府が復活させた華族制度も台なしって──、


 い、痛、痛っ!


 頭を何度も引っぱたかれて顔を上げると、眼鏡の女性教師が教科書の背で机を叩きながら、僕を睨んでた。


日々之ひびの君は本当にいつもぼんやりしてるね! 何回注意したら私の授業に集中できるようになるのかな?」


九条院くじょういん家の腰ぎんちゃくの郁には無理です! 先生!」


 すかさず男子生徒がおどけた声をあげ、静かだった教室が笑い声で溢れた。


「親子代々、九条院家の腰ぎんちゃく、波風立てず人生を全うします!」


 今度は後ろの方から声がした。おそらく九条院家と対立する華族の生徒だろう。


「こらこら! 九条院家は立派な伯爵家なんだから、そこで働くというのは立派なことですよ。みなさん!」


 先生が周囲を見回しながら取り繕うが、そう言う先生の顔も笑っている。

 僕は自分を嘲るそんな笑いに耐えるのは慣れっこだ。

 みんなが飽きて話題を変えるのをじっと待つ。

 そう、僕は『優柔不断』が服を着て歩いているような人間だ。

 やり過ごし、場に流されてればいい。


 波が引くように笑いが静まった頃、教室のガラスが震え、外で重い爆音が轟いた。

 先生が空を見上げると同時に、窓際に一斉に生徒が駆け寄った。


「また他国の偵察機かな? 最近多くないか?」

「いや、偵察機にしては音が重すぎる。大型爆撃機なんじゃね?」

「何それ? ヤバすぎ!」

「日本もついに終わりか〜。来るべき時が来たなあ」


 暗い空を見上げ、生徒たちのお喋りが始まった。


 僕も空を見上げたが、音はするが、灰色の雲が続くばかりで航空機の姿は見えない。

 政府は軍事費に回す予算がなく、空軍の航空機は全て二世代も三世代も遅れた中古機ばかりだ。

 そのお陰で、首相が代わった途端に、隣国の軍が自国の庭のように日本の領空を飛び回るようになってきた。

 先日なんか、よその航空母艦が勝手に東京湾に入ってきたとニュースが伝えていた。

 本当に日本はこの先、どうなっちゃうんだろう?


 しばらくして、終礼のチャイムが鳴り、のろのろと生徒たちは窓から離れていった。


「日々之君、今度授業中にぼんやりしてたら家庭訪問しますからね」


 そうつぶやくと、先生は教室を出て行った。


「おい、九条院家の腰ぎんちゃく! お嬢様がお待ちかねだぞ!」


 先ほどの生徒が投げる声に廊下を見ると、小柄な女子生徒が立ってた。

 僕は急いで席を離れた。


「誰が腰ぎんちゃくなの! かおる、あなた、たまには言い返せば? プライド・ゼロなの?」

「いいんだよ……、れいちゃん。慣れてるから」


 小柄で長髪の女子生徒は、幼馴染みの九条院伯爵家令嬢の麗ちゃんだ。

 切れ長の目でさとすように僕を見つめている。

 プライドの高い彼女は、僕が言われるがままなのが我慢ならないのだが、日常茶飯事と化した今となっては、いささか諦め気味だ。


「まあ、郁は優しいから……。それより今晩は大事な用事なんだから、絶対に遅れないでね」

「うん、麗ちゃんの家に行くけど、僕なんか一緒でいいのかな? 相手は皇爵様なんだよね?」

「大事な場面では郁に一緒にいて欲しいの。じゃあ、後でね」


 手を振り、ひらりとひるがえり、走り去る彼女。


 伯爵家の彼女は特級クラスで、一般人の僕は通常クラス。

 僕なんかが華族専用学園に入れたのも伯爵家のおかげだ。


 席に戻り、また空を見上げてぼんやりと独りつぶやく。


「この雨、やむといいな……」

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