第12球 ∞
第11球目はこちらです。
『第11球 またね』
https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139558208450080
「……という話だよ」
先生の語った物語に、私は思わず首をかしげた。「え、これで終わり?」という感じがしたから。
夏の暑さが見え始めた、アイスが美味しいとある日。私はクーラーのきいた涼しい部屋で、ヘンテコな話を聞かされた。
最初の内は、「みどりって、私と同じ名前だ!」なんて言いながら、楽しく聞いていただけだった。……だけど、途中で気がついた。この話、肝心なことが、何にも分からないなって。
「なんか、中途半端なストーリーですね。結局、みどりはどうなったんですか?」
「さあ、どうなったんだろう。物語はここで終わっているからね。僕にも分からないよ」
予備校の一室にある、進路相談室。先生はくすりと笑って、手元の本をそっと閉じた。
「それに、オーラブ王? ……でしたっけ? あの人は何だったんですか?」
「彼は、ノルウェーの王さまだよ。そして、彼が見ていた夢の中に、みどりが出てきたってわけ」
何だか、ヘンな気持ちになるような、そんな話だったな。私はそう思いながら、先生の肩の上でさらさらと流れる、きれいな白い髪を見つめた。
科目相談の休憩がてら、先生が聞かせてくれた物語。それは、どこか遠い場所を眺めるような、ひどく曖昧な話だった。
「じゃあ、みどりと神さまのやり取りって、結局ただの夢だったんですか? 神さまは、本当のことだって言ってましたけど……」
……言って、驚いた。先生が、私をじっと見ていたから。何かを探るような、そんな瞳で。
「――君は、あの神の言うことを信じるのかい?」
廊下の向こうから、男子の騒がしい声がした。でも、それはどこか、別世界じみていて……。私と先生、二人っきり。この部屋に残されたことが、ひどく心もとなかった。
「あれは神の戯言で、本当のことなど、どこにもない。そういう風には、思わないのかい?」
どうして、そんなことを聞くんだろ。私は素直に、そう思った。物語は、物語でしかない。それ以上でも、それ以下でもないのに。
「神さまは、本当のことを言ってるんじゃないですか? だって、神さまなんですから」
――少し迷って、そう言った。先生は、笑っているように見えた。
「……そうか。なら、それでいい」
先生は立ち上がると、私の頭をぽんと叩いた。赤いバツの沢山ついた、英語のテストと一緒に。
「さて、おしゃべりはここまでだ。この成績だと、志望校に受からないんじゃないか?」
「そっ、そんなの、分かってます! 夏休みに、いっぱい勉強するつもりなんです!」
「ふふふ、そうなんだ。それなら、夏は勉強三昧だね」
私はテストをひったくって、そのまま勢いよく部屋を出た。別に、先生に言われたことが図星で、詳しいわけじゃないんだから! ただ、何となく、勉強する気になっただけ!
「先生、見ててくださいよ! 夏の模試では、いい成績取りますから!」
「はいはい、頑張ってね」
先生は、にこにこと笑っていた。私が廊下の奥に消えるまで。
みどりの消えた、進路室。そこには、人間のフリが妙に上手い、一人の神がいた。
「……君は永遠に、閉ざされた水槽の中にいるんだよ」
神は人の真似を止めた。垂れた前髪の隙間から、空の眼窩を覗かせて。
「君がいるのは、いわゆる遊戯板の上だ。『君』という大きな駒を、僕と王が操って、勝敗を決めようとしている。たった、それだけのことだ」
全く、可哀想な人間だ。彼は静かに、言葉を零す。
「みどり」という、一人の少女。彼女は神の存在を肯定させるため、王の心を乱すための、ただの「駒」でしかなかったのだ。
「さあ、始めようか。何度目かも分からない、泥沼の延長戦を」
神は呼び掛けた。ここではない、どこか遠い世界に。
「王が屈するか、神が折れるか。いずれにせよ、どちらかが諦めるまで、この堂々巡りは終わらないよ」
みどりに神を信じさせ、このゲームを有利に進める。これが、神のやり口だった。
「次はこの世界が、ファンタジーじみた物語になる番だ」
ぱちん。
乾いた音が、鳴り響いた。
<完>
鏡は冷たく六花を誘う(自主企画用作品) 中田もな @Nakata-Mona
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