第12話 ふたつの世界(終)
正直、Aさんはすごくいい人だ。
2週に1回の逢瀬を重ねているが、その日は美味しいご飯をご馳走された後にたくさんベッドで可愛がってもらうというコースが定番となった。
デートの日は、私にとってはありがたいとしか形容できない一日になる。
食欲を満たした後、性欲を満たし、その後少し睡眠欲を満たして帰る。
Aさんと会っている数時間で3大欲求をすべて制覇してしまうので、次の日に悪いことが起きないかが心配になるくらいだ。
私の誕生日はAさんに会いたかったが、Aさんの提案で別日にあった。
いつもよりも高級なディナーをし、その後ホテルでめいっぱいお祝いされた。
困っていることが一点ある。
そんなAさんと一緒にいると居心地が悪いのである。
好きな音楽も、好きな本も、注文するメニューも全然違うほど、私たちは気が合わない。そもそもの嗜好が合わないのに、ベッドだけ相性がバッチリなのだ。
もちろんAさんは優しいので私に話を合わせてくれるし、私もAさんに合わせる。
Aさんがいいと言った音楽を聞いても全く理解できなかったとき(しかもちょっとスカしてて嫌いだなとさえ思った)、私たちは「運命の人」ではないと思った。
その点、夫とは鏡像関係のように全てが似ていて、話していて共感で盛り上がる。
夫とは一緒にいた時間が長くて似てきたからだろうか?
いや、私たちは最初から全てが似通っていて、初めてのデートは何から何まで一緒で驚いたのだ。やはり、私は夫が好きだ。
Aさんを通して、夫との仲を確かめる。
夫との生活を続ける中で、Aさんとの逢瀬で悦ぶ。
このバランスは「天才なのでは」と思うほど発明であり、日々のスパイスである。
双方に問題があることはわかっているが、Aさんは「最悪バレたら慰謝料払うから一緒になろう」と言ってくれている。
ただ、私はAさんと一緒になっても長続きしないのではないかと思う。
Aさんはちゃんとしすぎているし、なんならAさんのようなピュアで真っ直ぐな目をしている人には、私のような悪い女ではなくて、初恋の君と結ばれて欲しいと心の底から応援している。
私にできることはひとつだ。
夫と満足のいかない性生活と、満足のいく日々の生活を続け、時々Aさんとは夢心地で過ごす。
Aさんにこれ以上本気にならないように、地に足をつけて生きるだけでいいのだ。
私の世界はこっち側で、Aさんは向こう側の人なんだ。
だけど私はAさんから離れられそうにない。なぜなら、Aさんの唇、指、肌、首筋、全部が欲しくてたまらなくて、これ以上の幸せがないからだ。
(終)
上司で性の目覚めをしてもいいですか? @lovevaation
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