二二話 あべのハルカス美術館の円空展 その四

 さて、今回は、現在あべのハルカス美術館で開催中の円空展の「第四章 祈りの森」の見所を紹介しようと思います。

しばし、お付き合い下さい。


 岐阜県高山市丹生川町にある千光寺は、袈裟山の中腹に開かれた真言宗の古刹です。開山は人気漫画・アニメでも有名になった「両面宿儺」、開基は嵯峨天皇の皇子の真如親王(弘法大師の十大弟子の一人)です。


 最盛期は一山に十九の院坊がありましたが、戦国時代に武田軍に攻められ全山が焼失しています。

後、高山藩の金森氏の後援を受け中興を果たして現在に繋がっています。


 さて、第四章は「祈りの森」と題されています。千光寺のある袈裟山の緑の深い森だけではなく、飛騨地方の奥深い森をイメージしてるのは僕だけではないと思うのですが…。


 さて、しばらく千光寺所蔵の円空像が並びます。

 最初は、日本で唯一、円空作の両面宿儺です。両面宿儺に関しては某漫画やアニメで登場して、僕よりも皆様の方がよくご存じだと思いますので簡単に書いておきますね。


 日本書紀の仁徳天皇第六十五条に原文がまとめられています。


六十五年 飛騨國有一人 曰宿儺 其爲人 壹體有兩面 面各相背 頂合無項 各有手足 其有膝而無膕踵 力多以輕捷 左右佩劒 四手並用弓矢 是以 不随皇命 掠略人民爲樂 於是 遣和珥臣祖難波根子武振熊而誅之


 それを見ると、両面宿儺の容姿は背中合わせにくっついた人間で、項(うなじ)が無く、両手両足がそれぞれにあると分かります。

また、力が強く、素早い動きができ、左右に剣を佩き、それぞれの両手に弓矢を持っていると言うのが分かります。

また、帝の命に従わず人々を苦しめたことから、武振熊(たけのふるくま)を使わし討たせたと書かれています。


 これから、想像すると異人の姿を持たせるほど力が強く素早くといった姿が想像できます。ただ、飛騨地方の伝承は中央と違い、善政を施したカリスマ性のあると言った逆の姿が見られます。


 つまりは、飛騨の独自性を守ろうと奮闘した地方豪族がその正体では無いのか?と考えられています。


 さて、円空作の両面宿儺に戻ります。

正面の顔の左隣には、本来、見えないはずの後ろの顔が彫られています。正面の顔は口角がやや上がっているので微笑んでいる感じですが、左肩の面はやや小さく、唇から牙が覗いているので眞怒面の様にも見えます。また左右の肩に天を突くように指を伸ばしているのが見えます。

これらは後ろの両手でしょう。

 正面の両手は両膝辺りに置かれ、山を切り開く(武器にもなる)為の鉞を持ち、その上には槌(知恵や器用さの象徴か?)を乗せ岩座に座る姿で造像されています。後背は火炎が渦巻くような感じが幾つも彫られ、両面宿儺が持つエネルギーを表現しているかのようです。


 千光寺所蔵の円空像の二体目は、金剛力士(吽形)です。この像は、会場入り口に安置されているので初めて見ると圧倒されるかと思います。

 近世畸人伝の円空の挿絵に描かれたあの像に当たります。近世畸人伝には「枯れ木をもて作れる仁王あり。」と書かれていますが、実際には生木に彫られていたのでは無いかと考えられています。相方の阿形は損傷が酷いのでお寺の寺宝館で留守番です。


 次は、賓頭盧尊者。日本では、撫で仏として知られます。実際に持仏堂から本堂へ向かう回廊の途中に安置され使われていたとお聞きしております。参詣客に実際に触られてきた為か所々テカテカと光ったりしております。

ただ、本当に賓頭盧尊者として彫られたのかは疑問。僧形で法界定印を組んでます。頭をやや傾げて悩みを聞いてくれてる感じがするので、案外、円空がお寺を訪れた際の住職であった舜乗がモデルかもしれませんね。

 背面には木取りをした際の墨跡や墨書痕が確認できます。


 続いて、秘仏の歓喜天。

二頭の像が抱き合った形で表現され、性愛の象徴とも言われます。以前、千光寺でアルバイトし寺宝館の案内をしていた折にお客さんから「男性器の形だから、秘仏になったところが多いのだ」という講釈を聞かされたのを覚えています。千光寺では、七年に一度の本尊のご開帳の際に厨子が開けられます。


 次は、三十三観音。

現在、千光寺で確認されている三十一体の菩薩立像群です。非常に簡素な作りで、後期円空像の観音菩薩の見本と言っても過言では無い気がします。宝髪は台形の富士山型の形状。手は衣の中で胸の前で重なる形。比礼と思しき襞は片側に二〜三。こんな形をされております。一木を三つに割り造像をされています。

小島梯次円空学会理事長の弁をお借りするなら三十三観音ではなく、観音経に説かれる三十三応現身ではないかとのこと。

 ただ、先達の中には五十体ほどあったのを見たと言われる方もいらしたので、真偽は定かではありません。


 三十三観音の次は、観音菩薩(神像)です。

宝髪の形状が先述の三十三観音と違い、結い上げられた形状のものを円空学会では「火焔状」の宝髪と呼称しております。他所のこう言った形状の宝髪の中には、細かな刻線が施され髪を表現しているものもあります。身体の形状から先の三十三観音と似ていることから、観音菩薩と考えるべきでしょうが蓮の花を持っていないなどから菩薩とした方が良いのかもしれません。また、蓮座に乗っていないことから神像として作られた可能性も捨てきれません。


 次の地蔵菩薩は、円空の造像した地蔵菩薩の共通様式とも言える像です。

僧形で胸の前で宝珠を抱き、岩座に乗る姿で表現されています。両足は、本来裸足のはずですが簡略化されています。


 次は、不動明王、制多迦童子、矜羯羅童子の不動三尊です。

 千光寺の不動明王は、上半身と下半身の軸がずれているので、なんとなく振り幅の狭いS字を描いているかのように見えます。木成りを活かしたわけでもなく故意にその様に彫ったとすれば、その意図は何でしょうか?とても気になります。

 制多迦童子は、矜羯羅童子と共に不動三尊形式で作られる八大眷属の一人です。円空の場合、怒髪で憤怒相(笑っている様に見えますが)、棒状の物を持たせて表現されることが多いです。

 矜羯羅童子は、僧形ですが千光寺のものは有髪か薄い布でできた僧帽のような物を被り、胸の前で合掌をしています。制多迦童子の微笑みと違い、お澄ましした微笑みのように見えます。

 眷属の二体は、先述している岐阜県関市の神明神社蔵の制多迦童子(金剛神とも)、矜羯羅童子(善財童子や自刻像とも)と比べてみると面白いと思います。

 尚、千光寺の不動三尊は、一木から造像されていることが分かっています。


 千光寺の像は多いので、ここで一度切ります。二三話に続きます。


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