十六話 観音院取材記・2
お待たせしました!前回の続きからです。
蔵王権現の次は、修験宗の開祖である役行者の記録撮影に移る。
円空が彫った役行者は、おそらく、奈良県大和郡山市にある松尾寺のものが初作ではないかと僕は考えている。大体、最初はどの像も丁寧に作り、次第に独自のデザイン性を発揮し崩していく。ある意味で書道の楷書から行書、行書から草書に移っていくのと同じような感じとも言える。
頭巾を被り、右手に錫杖、左手に五鈷杵を持ち、高下駄を履いて倚子(いす)に座る(倚像と言われる)。これが役行者像の大体の共通項だ。
ちなみにだが、円空作の松尾寺の役行者は、毎年11月3日の文化の日だけ公開される。ここのは、写実的に彫られているので一見、円空像か?と思わせる。
全国で十三体が確認されており、一体は、先述の奈良県大和郡山市の松尾寺、愛知県名古屋市中川区の荒子観音寺、岐阜県内の個人蔵がそれぞれ一体ある他は、残り全てが関東地方にある。(小島梯次円空学会理事長調べ)
観音院の役行者像は、その十三体の像の中でも異質である。
と言うのも、頭部の上に烏(カラス)の頭が乗っているのはこの観音院の像と愛知県内の個人蔵である秋葉大権現の二体しか確認されていない。
持参したSurf◯ceを起動して、二体の烏を比較する為に秋葉大権現の画像を画面に写し出す。
「へぇ、そっくりですねぇ!」
「どちらが先に作られたんです?」
「こっちかなぁ? 烏の作りがこちらの方が丁寧な気がする。」
色々な声が参加者(と言っても数人)の間で起きる。
本面のお顔には、額、頬、目尻に数本ずつの刻線が彫られ、更に目尻が垂れているので、何とも好々爺に見えてしょうがない。
同様の表現がされた庚申像が美並ふるさと館(岐阜県郡上市美並町)に寄託展示されているので、興味のある方はお出掛け頂きたい。
「◯◯さん、左手に五鈷杵を持っているのは分かるんですけど、内側の筋彫りってなんです?」と田中さん。
「多分、ですが、指じゃないですかね?」と答える。
田中さん、お手柄です!
今まで、それに気づいた人は僕を含めて居ないかもしれません。僕も気づきませんでしたから。
ここまでが、観音院が所蔵される小像4体の調査と記録撮影の模様となる。
小像4体で、今回新たに分かったのは、
蔵王権現は、他の三体よりも軽いので完全に別材で造像されている。役行者、護法大善神、徳夜叉大善神は、重さ、質感がよく似ているので同一の木、または同一の材で彫られた可能性が出てきた。
次に撮影に入ったのは、不動明王だ。
不動明王は、日本では観音菩薩と並び人気がある仏として有名だ。
密教の最高神である大日如来の教令輪身(きょうりょうりんじん)、つまりは憤怒の姿をし、悪鬼や魔物を調伏し仏教に帰依や教化する変化身だ。
儀記に依れば、不動明王の容姿は童子形であり、身体は黒く醜い奴隷の姿を模したと言われている。頭の上には白蓮の花が乗り、辨髪が両肩にかかる。片方の目は天を睨み、もう片方は地を睨む。両の口端にはそれぞれ上、下に牙が覗く。衣は奴婢が着る布を巻き付ける姿をし、右手には利剣を左手には悪鬼を縛る羂索を持つ。背には火炎後背を備え、古来より仏教を信じる者の守護者としてあがめられてきた。
日本に入ってからは、観音菩薩と並び人気のある仏としても知られる。
「この頭にある丸髷のような物って、何です?」と田中さん。
「白蓮が普通ですが、あえて蕾の形に円空がしたんじゃないですかね?」
「えぇ、それっておかしく無いですかぁ?」
ここで、再度、Sur◯aceを再度起動し、「不動さん、いろいろ」というPDFを閲覧。
このファイルには、これまでに撮影した二十五体の初期から後期に掛けての円空作の不動明王の正面全身の画像が並ぶ。
観音院の不動明王と同じように蕾の形のようなものもあれば、儀記に基づいた開花した白蓮の花の形をしたものと色々である。
おそらく、田中ひろみさんの頭の中では肯定と矛盾が混沌のように渦を巻いている状態だったのではないだろうか。
「なぜか、は分かりません。円空さんに訊いてみない限りは正確な答えは出ないと思いますよ。」と結論付けた。
そして、以前から気になっていたことを試してみることにした。
こちらの観音院は、聖観音菩薩を中尊として不動明王と毘沙門天の三尊形式で構成されている。同様の三尊形式は、愛知県尾張旭市の庄中観音堂旧蔵(現在、所有権は尾張旭市に移り、スカイワードあさひで公開されています)がある。他にもあるだろうが、脇侍だけが円空像でという例の方が多い。
「Oさん、申し訳ないんだけど、例のやつを試したいので、運ぶの手伝って頂けますか?」
「良いですよ!」
不動明王を寝かせ、脇侍の相方である毘沙門天を移動させる。
O氏に手伝って頂いて、ゆっくりと慎重に動かし不動明王に重ねてみる。
最初に観音院をお邪魔して以来、気になっていた一木(同木)から不動明王と毘沙門天が造像されたという実証実験である。
二つを重ねた結果、断面がぴたりと重なり一木であることがこれで立証された。
幅で約49㎝、奥行で約16㎝である。これは、後ほど記述する聖観音菩薩で書くべきことかもしれないが、聖観音菩薩は幅が45㎝、奥行が14㎝である。三体の木の質感、触ってみた感触はどれもがよく似ている気がする。
これにより、この三体がひょっとしたら一木の梁材の余材または古材だったのではないかと言うことが考えられる。後の研究課題になるような気がする。
ここで、住職の尾花さんがアイスクリームの差し入れをして下さり、休憩することとなる。今年も五月三日から五日までの期間、円空仏祭が行われるのだが、どうやって周知したら良いだろうか?や罹患者が減ったとはいえ、まだまだコロナ禍の為、参拝客の間でコロナが流行したらどうしようという懸念も話される。
とりあえずは、参拝客が戻ってくる方が大事だろうと、田中さんも僕も(旧)Twitterや Facebookでの告知に一役買うことになる。
その後、不動明王を元の位置に戻し、毘沙門天を撮影スペースに移動させ、記録撮影に移る。
毘沙門天は、四天王の多聞天が一尊で祀られる場合、七福神の中の一尊として知られる。元々、北方を守護する武将神であるので、甲冑姿であり、宝塔を持つ姿で表現されるのが通例である。
だが、観音院の毘沙門天はこれとは違う。
頭の上に竜が居るのである。
「ねぇ、〇〇さん、何で毘沙門天の頭の上に竜が居るんです?」
「田中さん、分かりません(笑)」
「そもそも、なんでこの像が毘沙門天なんです?」
「聖観音菩薩の天台式の三尊形式が聖観音、不動明王、毘沙門天の様式でしょ?
それにこちらの不動明王と毘沙門天が、一木で造像されているじゃないですか。
だから毘沙門天と言われてるみたいです。
他所のもので、不動明王と毘沙門天が一木で造像されている例が幾つか確認されてますし。一説には、雨宝童子と言う説もあるらしいですが、僕は毘沙門天説を取りたいです。」
「へぇ、そうなんですね。」
「あと、聖観音の化仏の下ぐらいに
カキツバタかアヤメみたいな墨絵が書かれているんだけど、それと関係があるのかもしれませんね。」
「ちょっと見てきます!」
そう言って、田中さんは聖観音の方へ向かう。
そして、観音院の7体の円空像でも大トリを飾るのは、像高196cmを誇る聖観音菩薩だ。
「Oさん、度々申し訳ありません。」
「良いですよ!」
Oさんに手伝って頂き、二人で移動させる。
やはり、梁材の余材や古材を用いて造像されたものだろうか。春日部市内にこれだけ大きな像はこの観音院にしかない。
像高の割に奥行きが無いので、とてつもなく不安定だ。
転倒による破損が一番怖いので、Oさんにお願いして幕の後ろから像を軽く支えてもらうことにした。Oさんがどうしても映り込んでしまうが、それは修正時にカットするということで割り切り撮影することにする。
観音院の聖観音菩薩は、宝髪を高々と結い上げているようにも見え、それは法衣の立帽子(たてもうす)のように見える。その形は、五重の段を重ねたように見える。
円空の観音像の宝髪は、一般に知られるのが「富士山状」の台形に筋彫をしたもの、とぐろを巻くかのような「火焔状」、そして、この帽子のような被り物のような形だ。
先述したが、上から二段目、化仏の上に先述のカキツバタ類の花のようにも見える墨書が描かれる。
そして、その下には化仏である阿弥陀如来の和かな微笑み。その化仏は、両の手で何かを持っているかのように見えるがそれが何かは分からない。
立帽子のような宝髪は、そのまま両側頭部へと流れ、やがては本体と一体化していく。
両目は半眼を一本の刻線で表現されており、開眼の際の墨の瞳が微かに残っているようだ。大きな鼻、口はまるで市井の民のような顔をされている。
上下にわずかに開く唇の間には、歯とも舌とも思わせるものが残る。果たして、単なる彫り残しなのだろうか?といつも考えさせられる。
極度の撫で肩で、右手は親指と人差し指で輪を作り、残る三本の指が上を向くように立っている。立っている指それぞれに中心線が浅く細く刻まれ、更に関節を思わせる刻線がそれぞれ二ないし三本の横線がある。
一方の左手には、咲き掛けの蕾の蓮の花をしっかりと握っている。
衣は、腹の上までUの字に彫られ通肩を表現している。横に三筋の横線を刻み、その下に三本のV字の刻線があり、更にその下に二つの渦巻き紋と雲紋を刻む。
先述の毘沙門天の龍にも刻まれているあの渦巻き紋と同様にこれが意味するものは不明である。
法衣の下の裾の部分は縦の刻線が彫られそれが終わりだと告げているかのようだ。
両脚は軽く開くかのようで、しっかりと蓮座と方形座に乗っている。
背面は、製材の痕跡だろうか、手斧(ちょうな)の痕跡が複数確認でき、更に赤外線で写すと複数の墨書痕が確認できる。
さすがにここまで、ほぼ休みなく撮影し続けると気力も無くなり朦朧としてくる。
時間も午後4時半を回ることになり、ここで撮影を止めることにした。
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