十五話 観音院取材記・1

 4月29日、この日は、午前4時半に起床。

カメラ、レンズ類一式をカメラリュックに詰め込み、身支度。

カメラは、愛用しているCanon EOS5DsRとSONYのDSC-H50 が二台。

あとは、Canon製の標準ズーム、広角ズーム、Tamronの90ミリマクロ、コシナ製の

マクロレンズだ。


 カメラリュックのファスナーが壊れている。買い替えた方が良いのか?

身支度を終え、妻を伴って出発。

地元の私鉄駅から、到着したばかりの特急に乗り名古屋駅を目指す。


 到着が、名駅地下のパン屋で朝食を買い、新幹線EX予約の指定席券受け取りと乗車券の購入へ。

その後は、ゲストへの手土産と飲み物を買い求め、新幹線改札口を潜る。


 流石に大型連休初日だけあって、すごい人混み。


  20分程、待合。

ホームに出て、新幹線のぞみに乗車。

連休初日だからもっと混んでいるかと思いきや、まだまだ空いてる席がチラホラと。

 富士山を横目に見つつ、品川駅で降車。

富士山が傘を被っているのは、初めて見たな。

お椀をひっくり返したような傘雲が、まだ雪の残る山頂を覆っているという。


 品川駅からは、東京上野ラインに乗り換え、大宮まで。

連休と言うこともあるのか、僕らと同じようにスーツケース持参の家族連れもかなり多い。

 最初は、席が一杯だったので立っていたけど、三駅目から何とか座れるようになった。


 大宮で降車し、東武鉄道へ乗り換え。

ここは、東武鉄道の始発駅の一つでもあるので、席探しは容易だ。

船橋行きの急行に乗り、二駅目の春日部で下車。


 7年ぶりに訪れた春日部は、かなり変わっていた。

とりあえず、駅は「クレヨンしんちゃん」推しだ(笑)

 鉄道の高架工事が進んでるし、なにより駅が部分的に綺麗になっていた。

 ある意味、浦島太郎の気分。


 東口から出、トヨタレンタカーへ。

予約しておいた車(小型車)を借り受け、一路、観音院を目指す。

 日光街道沿いの店舗も本当に増えたと言う印象。


 10分ぐらいで、山門前の空きスペースに車を止める。

 手土産を持って、まずは寺務所に挨拶。

作務衣を着た尾花住職は、忙しそうに御朱印の対応をされていた。


「おはようございます。円空学会の◯◯です。ご無沙汰しております。」

「◯◯さん、こちらこそご無沙汰しております! お元気でしたか? 像は、昨日到着して既に本堂に入れてあります。」


 まずは、長の無沙汰を詫び、手土産と志納(観音院大修復事業に関するもの)を渡して三人で本堂へ向かう。


 そして、近況報告の意味合いで、三年前に母が肺がんで亡くなったことを告げると非常に吃驚されていた。


 やはり、7年と言うのは長いようだ。観音院の周りにも見知らぬアパートや店舗が立ち並んでいた。何より、お寺から歩いて直ぐのところにコンビニエンスストアが出来ていた!


 本堂や境内は、五月三日から始まる「円空仏祭2023」の準備の真っ只中で、住職が忙しくされていた。


 撮影前に昼食をと言うことで、先述のコンビニへ昼ごはんの調達。本堂に戻り、床に腰を下ろしておにぎりを頬張っているところに春日部市教育委員会のO氏が到着された。


 O氏との付き合いも、それなりに長くなってきた。

 彼は、嫁さんと同い年で物静かな方だ。

最初に観音院を訪れた際に知り合い、何年かのスパンでお会いする。

そんな関係だ。


 この観音院の尾花住職とO氏も知己であり、円空仏祭の準備などには顔を出されて手伝っているようだ。


 さて、昼食を食べ終え、撮影の準備を始める。


 最初に梁に黒幕を画鋲(ピン)で取り付ける。

 住職に許可を取り、背の高いOさんが椅子に上り画鋲を四箇所打って止めてくれた。

 次に台を黒幕下に置き、テーブルの代わりとした。これで撮影ブースの設営を完了。


 まずは、写し易い小さな像四体から始めることにした。


 それぞれの像の詳細は、前々話、前話に書いておいたのでそちらをご覧ください。

あとは、近況ノートにも写真を載せてあります。併せてご確認を!


 徳夜叉大善神は、一般的な円空像の範疇だと稲荷神の造形だと言われる。

両目が吊り上がり、顎から伸びる巻き舌がなんともユーモラス。


 何枚か撮り始めた頃に、埼玉県在住で仏像イラストレーターとしても有名な田中ひろみさんが到着された。


 肩までのボブカットに和装という、いつもながらのお馴染みのスタイルだ。


 しばらく前に田中さんから「円空像を何体か描く必要があるので、アドバイスをお願いします。」との依頼があり、「その内の一体を観音院の蔵王権現は如何ですか?」と提案してみた。


 後日、僕が尾花住職にその件を話し、記録撮影の際に田中さんを招待しても構わないか尋ねたところ快諾を頂き、当日に繋がった。


 彼女とは、以前、テレビ愛知の「データで解析! サンデージャーナル」という番組で「どうして愛知県には仏像が多いのか?」を特集した回に円空像が取り上げられた。


 その際、番組制作会社から色々と手伝いを頼まれ、遂には僕も番組にも出演することになった。


 その際のゲストの一人が田中ひろみさんだったという。


 とてもエネルギッシュで気さくな方という印象が強く残っており、その時は名刺交換させて頂いただけだったが、今では円空像に関する情報交換の相手としてお付き合いいただいて居る。


「こんにちは。こちらから上がってもよろしいですか?」

「田中さん、ご無沙汰しております!」

「こちらこそ~。 いつから始められたんですか?」

「まだ、最初の一体目ですよ。これから、赤外線撮影に入るところです。」


 尾花住職とO氏に半蔀を下ろしてもらい、やや薄暗い空間を作り出す。

赤外線カメラと補助灯で背面の墨書を照らし出す。

 赤外線カメラは、暗いところでこそ、威力を発揮する。


「徳夜叉という字は、はっきり出ますね。その下が分かりにくいんだけど。」

「えぇ、どれどれ?」

 田中さんも赤外線で映し出された円空の自書はあまり見たことが無いらしく、興味津々のご様子。


 カメラの背面液晶パネルを見ながら、解説をしていく。


「徳夜叉の下に大善神とあるんだけど、一番下の神が分かりやすくって、その上に善って見えません?」

「そう言われてみると、そうかなぁ?」

「Oさんも見てみて、どう見ても明ではないでしょ?」

とO氏を巻き込んで意見を求める。


 次に撮影したのは、護法大善神だ。

円空像の分類では、一般的に烏(カラス)天狗と言われるものの形状。

 平たい頭部に怒髪が彫られ、両目は立体的で目端が吊り上がっている。


「これ、変わってますね! 嘴開いてるんですか?」

「そうそう。」

「嘴の間から出てるのって?」

「多分、舌で間違いないと思いますよ。」

「えぇっ、でも何で?」

「いや、僕も分かりません。こちらの聖観音にもありますから。」

 そう言うと、田中さんは徐ろに立ち上がり聖観音の口を確認しに行かれた。


「わぁ、本当だ!」

「いろいろと説は上がってるんですけどね。本来は削り取るのが普通だけど、面倒になってそのままにしたとか、舌として確信して彫ったとか。聖観音の場合は、舌じゃなくて歯じゃないかと言った説もあります。」

「へぇ。」

「でも、実際のところは、円空さんに確認しないと分からないんですけどね(苦笑)」

「確かに。(苦笑)」


 そして、記録撮影はこの観音院にしかない蔵王権現に移る。


 像を厨子から出し、持ち上げた瞬間にふと気づいた。

「あれ? 徳夜叉と護法と重さが全然違う。」

 その時は、自分だけの中でそう思っていた。


「この蔵王権現ですけど、鼻ってどうなってるんです?」

と田中さんが疑問に思ったことを言ってきた。

「三角で表現されてるんだけど、削られてるかネズミに齧られた感じですね。だからか余計にユーモラスな顔になってます。」


「じゃあ、右手は?」

「顔の右横に雲みたいなのがありますよね? 多分、その中で三鈷杵持ってます。」

「えぇっ? 三鈷杵って、どこ?」

「ここです。 上半分か下半分しか見えてないですけどね。」

「うーん、どっちだ? なんでだろう?」

「イメージ的に山間に鳴り響く雷かなと。つまりは、蔵王権現の神威じゃないかと。」


 帰宅後、画像処理に使っているPCにデータを取り込み確認したところ、どうやら三鈷杵の上半分と言うことが判明しました。


「左足は台座についているんですけど、じゃあ、右足は?」

「山肌を蹴り上げた右足は、左足にくっついた形になって省略されてるみたいですね。」


 記録撮影を進める中、角度を変えていき右足の痕跡を探したけれども、確認に至らず。

 他所の金銅製の蔵王権現では右足の先は外を向いているが、円空は内向きにしこのような形にしたようだ。


「そう言えば、神奈川県の山田匠琳先生、円空学会の常任理事の先輩が模刻で再現彫刻されたんですけど、このバランス感覚には舌を巻かれたみたいですよ。」

「そうなんですねぇ。」


 そして、背面墨書の赤外線撮影に移る。

「わぁ、さっきよりハッキリ分かりますねぇ!」

「梵字の「イ(文首記号)」と「ウ(最勝)」が見られるのは延宝8年ごろを中心とした僅かな時期だけなので、造像時期を知る手掛かりになるんですよ。」


などと田中さんと問答を繰り返して、調査と記録撮影を進めるのだった。

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