十二話 月崇寺の観音菩薩

 さて、前話(十一話)では、三年ぶりに開催された円空学会の研究会について書かせて頂きました。今回は、その当日に拝観した笠間市にある月崇寺所蔵の観音菩薩についてもう少し書いてみようかと思います。

しばしのお付き合いの程を…。

最初にお断りしておきますが、月崇寺へ当該の円空像の拝観をお願いされてもお寺には無く、寄託先に預かりという形になっており常時公開はされていないそうです。


 笠間の月崇寺の観音菩薩は、像容よりも背面墨書が有名な像です。像自体のあらましを書いておくと、像高四四㎝、幅十二㎝、奥行十二㎝です。木形(きなり)を活かして造像されている為か、かなり前傾した感じになります。研究会の際に自立させましたが何時か倒れるのではないかと気が気でありませんでした。


 さて、前回書いたようにこの尊像は、背面墨書の内容に注目される像です。中には、この記述内容を根拠の一つとして、生誕地説が提唱された程なのですから。

その背面墨書は、胸部裏から下に三行で書かれています。

概ね、三行には何が書かれているのかは考察がなされていますので、それは先達に委ねたいと思います(第十一話参照)。

また、台座裏左下にこの観音菩薩の造像された時期も墨書されています。


 その三行の記述の中でも、特に大切なのが中列の「御木(本)地土作大明神」の部分です。一九八五年、美並村(当時)刊の「円空と美並村」にも、この観音菩薩の背面の赤外線写真が掲載されており、その写真を見る限りでは「御木地士作大明神」のようにも見えます。かつて、人類学者で宗教学にも精通した五来重(ごらい しげる)を中心に円空の出自は木地士であり、木地士の里である美並村は円空の出生地だという説の根拠の一つとして世に提唱されました。その説に反論ももちろん出ています。自分の出自に「御」を付けるのか?や中世から近世に掛けての木地師の拡がりについてや呼称の変遷など様々な考察が行われたそうです。


 今回の記事を書く為に改めて月崇寺蔵の観音菩薩の赤外線背面写真を拡大し、気になる文字を拾ってみました。「木(本)」「土(士)」「明」の三字について考察していきたいと思います。


 まず、「木(本)」ですが字体としては楷書と行書の中間、やや楷書よりの気がします。二つの運筆が考えられます。結論から書いておくと、僕の見立てでは「本」だと思います。

 考えられる運筆の一つ目です。一画目の入りは行書特有の止がない感じで、すっと横線を引いています。一画目の終点で筆の返しが左斜め上に向くように筆を返しているように見えます。二画目の縦棒の入りは、筆を止めそのまま下に引き跳ねることもなく止めて終わっています。三画目の左の払いはごくごく普通に。四画目の右の払いは始点が一画目の始点の本当に近い所で始まり、終点は払いきらずに止めている感じです。そして、五画目の短い横棒は始点が爪の様に筆先の痕が残り、二画目の縦棒の半分の所で止まって居る様に見えます。

 次は、二つ目の運筆についてです。一画目は縦棒から入ります。始点で止め、すっと下にまっすぐに引き終点で止めます。二画目は、横棒です。これは行書の書き方ではないでしょうか?始点は止が無く、すっと入り終点で下方向に軽く跳ねる感じで三角目に入ります。三画目の始点(入り)は、筆先で軽く抑え一画目の縦棒に重なるところで終わっています。四画目と五画目は、左右のそれぞれの払いになります。

四画目の払いは、ごくごく普通。ただ、五画目の払いは終点で止まって終わっています。その為に字としてはここで完結しているように見えます。

 この字は、文字を拡大してみると、二重に墨が乗っているところは濃く見えます。

このことから、二つ目の運筆の方が理にかなっているかのように思います。

 同様に岐阜県高山市にある荒城川神社旧蔵(現在は、別所にて寄託安置)されている観音菩薩の背面には「本地聖観音」と背面墨書があり、「木」と「本」の区別がつき難いような書き方がされています。また、岐阜県関市池尻にある白山神社旧蔵(現在は、関市円空館で寄託展示)の御本地聖観音は、明らかに行書体で書かれた「本」の字で「木」の縦棒が跳ね直ぐ短い横棒が書かれているのが判ります。

 なかなか運筆の特徴を文字に起こすというのは難しいものですね。写真ん近況とJimdoに貼りますので、お手隙の折にご確認下さい。


 次に「土」です。

まず、先程紹介した「美並村と円空」に掲載されている写真は、赤外線ライトの当たりの為か被写体が反射して一部が見難くなっていることが分かります。これは実際にソニーから発売されていたナイトショット機能(赤外線撮影に近いもの)を有したコンパクトカメラを使い、赤外線補助灯を使った経験から分かったのですが、被写体と補助灯の距離、及び、赤外線の照射レベルによっては被写体が白く光ることがあります。その為、本来「土」で書かれているものが「士」に見えてしまったと考えます。そして、この「土」ですが異字体である点付きの土である「圡」と言うことが今回の撮影で証明されています。つまり、下の横棒に重なる様に字の終点である点が打たれた為、白光りしている中にそこが字の終わり、上の横棒よりも短く終わっているかのように見え「士」と判読してしまった結果だと思います。

改めて繰り返しますと、「土」は、点付きの「土」でした。円空が意図して点を打っている以上「士」では、ありません。


 さて、最後に考察する文字は「明」です。

もうこれはね、ひょんなことから気が付きました。

写真を引き伸ばし、受講している講座の際にそれを見せながら授業前の雑談している時間があるでしょ?そんな時です。

普通、「明」という文字は「日」つ「月」から成り立ちます。

でも、この笠間の月崇寺の観音菩薩の背面の「御本地土作大明神」の墨書の「明」は

違っていました。「目」と「月」だったんです。

これには、講座で講師でもある小島梯次円空学会理事長も他の受講仲間の方々も苦笑いされておいででした。

円空さん、字を間違って書いてましたか。

まぁ、そんな感じです。すいません、余談ぽくなってしまいました。

この「明」の記事を書く前にさだまさしのLiveのCDを聴いていましたので、そちらのトークの方に引っ張られた感じの書き方となっております。

誠に申し訳ありません。。。(笑)


 でも、「御本地」と「大明神」は良いとしても、「土作」は何を意味しているのでしょう?

 今でも続く笠間焼は、円空の時代ではなくそれ以後の発生です。

笠間焼を紹介するホームページが、茨城県笠間市市役所が運営するホームページ内にあります。それによれば「江戸時代中期の安永年間に信楽の陶工の指導の下で作陶、築窯して始められた」旨が書かれております。その後、江戸の庶民にも広がり陶器を日用の食器として広まっていったと言われております。

円空は、土地に根付く民間信仰の神なども大明神として像に墨書したりしていますので、そういった類なのかもしれません。

 ただ、愛知県瀬戸市や多治見市に円空像ってあんまり無いんです。多治見市の場合は「慶昌院」というお寺に十六善神像が残されています。こちらは、地元でも火伏の神様として有名な処でして如何にも陶芸と関係が深そうな感じです。が、江戸時代前期では実際、お寺と陶工の関係がどうだったのかは分かりません。また、峠を一つ二つ超えた多治見市には、岐阜県羽島市から移座したといわれる普賢寺の観音菩薩や木っ端仏が残るぐらいです。果たして円空の知識に「陶器は陶土から作られる」や「陶土を作ることを経て陶器が作られる」と言った知識があったのかどうか。

僕自身、文化センターで約十年瀬戸の陶芸家・加藤錦三に指導して頂いてアマチュアながら作陶をしていた時期があります。その際に得た知識で書いていくと、「土を作る」にも掘ってきた土をそのまま使うわけではありません。簡単に書いておきますと、まず、ごみを取り除きます。次によく乾かして篩に掛けます。これを何度も繰り返し、更にごみを取り除き、粘土の粒子を細かく揃えていきます。そして、水分を調節したり干したり寝かしたりして「土を作る」訳です。要するに円空は、この笠間の地に陶土を見つけ、やがて焼き物(陶器)の一大産地になることを見越したのではないかと言う、まぁ、妄想なんですがこんなのは如何でしょうか?


 さて、最後の締めとしてはこの像が造像された「延宝八年庚申秋 九月中旬」です。円空が関東で日にち墨書した最初の像だと言われています。普通、八月の次に九月が来る訳ですが、延宝八年にはその間に閏月と言うのがありました。その閏月に太平洋沿岸に大きな爪痕を残した台風が通過しております。現在の暦に直すと「一六八〇年九月二七~二八日」のことだったそうです。おそらく、円空もその川の氾濫などと言った被害を見ていることですから、どう言った心境でこの像を造像したのかなぁ?と考えてしまいます。


~後日談~


 過日、この第十二話を読んでいただいたTwitterでやりとりのある方から「明」という字は、異字体ではないでしょうか?とアドバイスを頂きました。調べてみると、確かに「目」「月」と書いたものが奈良時代の仏教経典からも見つかっているそうです。「圡」は、高校の時の担任に圡方(ひじかた)という先生が居らしたので、異字体だと気が付いたのですがねぇ。全く盲点でした。

アドバイスを頂いたMEさんには、お礼申し上げます。

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