三話 円空学会のこと(改稿済み)

 江戸時代前期の僧・円空(1632-1695)を専門に研究、顕彰する団体があることをご存じだろうか?


 その団体は「円空学会」を称し、一九七一年(昭和四十六年)八月に設立された団体である。


 現在でも、日本全国に約一五〇人の会員が所属する。

 行政や大学閥に属さない純粋な円空好きが集まった愛好家の団体である。


 初代理事長:谷口順三

 二代理事長:長谷川公茂

 三代理事長:小島梯次

 と続く。


 初代理事長の谷口順三氏は、すでに鬼籍の人物であり、直接は知らない。

 だが、二代理事長の長谷川公茂氏と三代理事長の小島梯次氏とは、家族ぐるみのお付き合いをさせて頂いていた。


 会員には、実に様々な職種の方が居る。

 根っからの研究家も居れば、アマチュアのカメラマン、郷土史家、円空像のファン、大学の教授、彫刻家などなど。


 ただ、著しく高齢化が進んでいる。今では五十代以下の会員と言うのは本当に少ない。これには本当に頭を痛めている。


 会の活動としては、通常であれば毎年一回の総会と年二~三回の研究会が開催される。


 また、年四回会報である「円空学会だより」を発行、隔年で機関誌である「円空研究」を発刊している。


 円空学会だよりは、だいたい八ページに収まる。

 僕も時折、記事を載せてもらっているが、できるだけ写真を載せたいという思いもあり、説明足らずになってしまうのが悩みの種だ。


 円空研究は、八十ページぐらいで、十数編の論文が掲載される。


 ここ二年程は新型コロナウィルス禍ということもあり、高齢者を多く抱える会としては感染率が高くなるかもしれないという危機感から、会報と機関誌の活動が中心となっている。ホームページやFacebookのページもある。


 それから、円空像の真贋の鑑定依頼が年に数回舞い込むことがある。

 ただ、会での真贋鑑定はあくまで研究の一端であるので無償で行っているが、個人の場合は判らない。


 円空の真作と認められれば、会報の円空学会だよりに掲載される。

 真贋鑑定の話は、また別の機会にしようと思う。


 他にも、円空像の記録撮影をし後世に検証していく必要性があるので、写真を撮影しデジタルデータに残していく活動もやっている。

こんな感じだろうか。


 思い出してみると、羽島の中観音堂を最初に訪れてから、両親は独自で円空の足跡を訪ね歩いていた。


 そして、どこかで円空学会のことを知り、「まずは手近な研究会に参加してみませんか」と誘いを受け、愛知県丹羽郡扶桑町にある「正覚寺」の研究会に両親と共に参加した。


 それが一九八五年(昭和六〇年)六月のことだった。


 当然のことながら(?)僕もついていった。高校一年の十五歳の時だったと思う。

 本堂に入ると、自分の両親と同じかそれ以上の世代の方々で一杯であった。


 正覚寺の所蔵する円空像群は、十二神将である。

 その姿は、一種異様な様相をしていた。


 本堂の畳の上に長机が幾つか置かれ、その上に三体ずつ安置されていた朧気な記憶である。それが僕の円空学会研究会のデビューであった。


 今から思い出してみると、かなり朧気ながら濃密な時間を過ごさせて頂いたように思う。


 沢山の大先輩にお会いし、たくさんの薫陶を頂いた。


 東京の菅波先生(たしか、鉱学博士だったと思う)、旧稲沢女子短大の佐藤真(現代抽象画)教授、津島高校(だったと思う)の元校長の佐藤武先生(佐藤真先生の教え子)、郡上市美並町でアマチュア無線技士でもあった池田勇次先生、写真家の後藤英夫先生、他にもすでに鬼籍に入られた方が多い。


 特に佐藤真先生とは、父が運転する車でちょくちょく遠出をした。


その往き帰りの車中では、いろいろと面白い話が聞けた。


 例えば、太平洋戦争中に北方四島に出征従軍をしていて、風の強さを読み誤ってゼロ戦を三機もひっくり返してしまったなどが挙げられる。

 今思えば、とんでもない仰天話である。


 約四十年前の研究会の行程と今の行程は、さほど違っていないと思う。


 初めに進行係の会の初めに当たっての言葉、次に所蔵者(寺院の代表や区の代表など)の言葉を頂き、理事長の説明、質疑応答、そして、拝観や写真撮影のセッションに入る。


 拝観、及び、撮影できるのが僅か一~二体のこともあれば、時には薬師三尊とセットになった十二神将や仁王など十七体の時もある。


 ただ、会場内は写真撮影の時になると、まるで砂糖に群がる蟻さながらのようになる。


 何時の頃だったか、円空像の撮影の為に母が黒の布製の幕を持つようになった訳だが、最初の頃は「代わりに持ちましょうか?」と声を掛けられ「いいえ、大丈夫ですよ」と返事を返したり、「ありがとうございます!」と謝意の声を掛けられていたが、やがて、そんなことは無くなっていく。


 いつしか、母が黒幕を持つことが当たり前という風潮になっていった。そんなボヤキを母から聞かされた。


 他人よりも良い写真を撮りたいなら、全てにおいて自分で交渉した方が良いですよ。


 個人で拝観に出掛けた方がずっと良いと思います。

 少なくとも、その時間はあなた以外には邪魔は入りません。と、僕は少なくともそう思います。


 一時期、僕と円空学会との距離が開いたのは、これも一つの要因じゃないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る